【KAC 20243】 猫と箱

小烏 つむぎ

 猫と箱

 テレビの画面に、もの悲しい音楽とともに

『箱廻しの人形のゆくえ』とタイトルがにじむように現れた。


 『箱廻し』というのは、木偶でこ人形を箱に入れて各地を回り、三番叟さんばそうや寸劇をして門付かどづけする芸能である。


 ナレーションが重々しく、地方に伝わる芸能の説明を始める。そしてこの人形の秘密についてレポーターが核心に触れる直前でコマーシャルが入った。


 ◇ ◇ ◇


 中が動く薄っぺらな箱を下僕美鳥と一緒に見ていたハチワレ猫のマロン(五才)は、退屈になって大きく伸びをした。伸びたついでにあくびをすると喉からキュイと妙な音が出た。


 あの人形は面白いけど、箱の中にいるなら獲物にはならないということをマロンは知っていた。


 マロンはしっぽで挨拶代わりに下僕美鳥のお腹ををぽんと叩くと、最近お気に入りの巣穴に潜りこんだ。


 ましかくの厚手のマットを組み合わせた箱は、防音性があり温かい。一ヶ月ほど前だったか下僕美鳥がスマホを見ながら作ってくれたものだ。マロンの体に合わせた入口は、出入りもスムーズで快適。


 出来るなら座っているとじんわり温かくなるあのマットを中に敷いてくれるといいのだが、下僕美鳥にそこまで望むのは過酷というものだろう。


 マロンはあの薄っぺらな箱から出る音を聞きながら、目を閉じた。


 ◇ ◇ ◇ 


 波打つように尻尾の先(まだハゲがある)まで伸びをしたマロンが、お手製の箱に入っていくのを横目に見て美鳥は頬を緩めた。


 一ヶ月前に作った箱である。ジョイント出来るマットは、一番厚めのものを選んだ。苦労してマロンのひげ回りを図って、入口をくり貫いた。なかなか力のいる仕事で、勢い余って左手を切ってしまった。


 でもそんな苦労もマロンが気に入ってくれたなら、何でもない。


 マロンと生活することになってから、美鳥はいくつもいくつも、いくつもいくつも箱を用意してきた。段ボールから始まって、「ネコツグラ」と呼ばれる茅で編んだ高級なものまで。数えると両手ではきかないだろう。


 いつもマロンは始め気に入ってくれたように見えた。でも二、三日すると飽きたかのように箱に入ってくれなくなるのだ。


 その時の残念な気持ちは財布への負担感に比例する。


 今度こそ! 今度こそ、マロンのお気に入りになりますように。美鳥はそう願いながら箱の入口からはみ出しているハゲのあるしっぽをじっと見つめるのだった。


 ◇ ◇ ◇


 忘れられたテレビからは、『箱廻し』が廃れ貴重な人形も散逸してしまったとナレーションが悲しそうに伝えていた。しかしそれを聞いているものは、この部屋にはいなかった。

 

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