春眠訪れを告げん

牧瀬実那

梅花鷹匠物語 番外編 其の二 如月の幕

 こんな夢を見た。


 私はぽつんと離れの縁側に座っている。なんだか調子が良く、心なしかいつもより体が軽い気がする。

 辺りはしんと静まりかえって、人の気配が無い。はて、今日は皆出掛けているのかしらん、と首を傾げていると、不意に声がした。

「先日は大変良うお世話になりました」

 か細く儚い女の声。しかし覚えはなく、姿も見えない。

 気のせいかとひとつ瞬きすると、女は目の前に座していた。

 きちんと膝を揃え、手をつき、頭を下げている。伏せた顔は見えないが、隙間から覗く白い肌は薄紅色の羽織によく映えた。

 吹けば散りそうな佇まいだが、不思議と目を引く雰囲気で、一度見たら早々に忘れそうに無いように思うが、やはり覚えがない。

 誰何しようと口を開くより先に、女はすいと小さな箱を差し出した。

 幼子の、小さな手毬がひとつ入るような大きさだ。漆が塗られ、朱と金の上品な細工が施されている。箱を縛る紐も、花飾りがあしらわれた組紐で、いかにも祝いの品という風情だ。

「お礼にをお連れしました」

 と箱が鳴る。

「ささやかではございますが、どうぞお納めくださいませ」


 そこで目が覚めた。視界がぼんやりと霞んでいる。

 ――そうだ、私はまた熱を出して臥せっていたんだっけ。

 少しずつ状況を理解する。奇妙な夢だったが、きっと熱に浮かされていたのだろう。

 水でも飲もうかと身を起こす。換気の為か縁側の戸は開けられており、まだ雪の残る庭が見えた。

 ふと部屋を見回すと、枕元に何かあるのが見えた。

 

 夢と同じ、黒い箱。

 

 しかし驚いたのは一瞬で

 ――礼なら開けねば失礼だろう。

 と、流れるように蓋に手をかけた。森羅我が小姓に怒られると一瞬思ったが、時已に遅し。

 

 かぱり。

 

 途端に箱からひゅうと。風は桜の花弁を連れ、くるりと一舞すると外へ駆ける。後を追うようにホケキョと春告鳥が鳴いた。


 ああ、そうか。

 

 ようやく、先日古い桜を齧る大百足を取ったことに思い至るのだった。

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春眠訪れを告げん 牧瀬実那 @sorazono

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