開けてください……

千田美咲

第1話

 箱が送られてきた。

 隆一にとって身におぼえのない箱だった。二〇×二〇×ニ〇のちいさなダンボールの箱である。着払いではなかったからそのまま受けとってしまった。

 配達人がアパートの階段を下りていくのを見届けると、 隆一はドアを閉めて玄関に箱を置いた。それからすわり込んで、さまざまな角度から箱をながめてみた。

 なんの変哲もないダンボールの箱である。送られてきた住所をよく見ると、あろうことか、まえに住んでいた学生寮の、自分の部屋番号が記されていた。しかも自分自身の名前である。筆跡もよく似ている。

 隆一は箱を持ってゆらしてみた。それなりの重さがあるのに、なかでものが動くような感じはなかった。梱包紙が詰められているというわけでもなさそうだ。

 開けるほかになにもできなくなった隆一は、キッチンからカッターを持ってくると、ダンボールに貼られたガムテープを親指の爪でなぞった。

 そのときだった。親指から肩にかけてダンボールからちいさな震動がつたわってきた。冷や汗をかいた隆一は、箱の側面に耳を押しあててみた。すると、ちいさな震動とともに、箱の中心あたりから心臓の拍動のようなものが聞こえてきた。

 隆一は深呼吸をした。それからダンボールに口を近づけると、

「聞こえますか」と言った。

 するとまもなく箱の中心から、

「聞こえません」と返事が帰ってきた。その音は隆一の声にそっくりだった。

 隆一はカッターの刃をしまうと、リビングに投げ出してしまった。涙が頬をつたっていった。隆一はもう一度箱に口元をよせた。

「あなたはだれですか」

「あなたのよく知っているあなたです」

 箱はそう言った。

「どうしてそんなことが言えるんですか」

「どうしてかは開けてみればわかります」

 それ以降なにをきいても開けてみてくださいとしか返ってこないので、隆一はひとまずその場に箱を置いて、シャワーを浴びてくることにした。

 シャワーからもどってきた隆一の右手には包丁が握られていた。隆一の両眼は血走っていた。

「殺ってやる、殺ってやるぞ」

 そう呟いた。

 すると箱から、

「殺ってください、おねがいします、殺ってください」

 と返ってきた。

 隆一は言われるままに包丁を箱に突き立てた。それから奥の奥まで刃を沈めた。

 すると箱の鼓動がついに聞こえなくなり、それとおなじくして隆一の視界が暗くなった。胸が痛む。

 胸元を見ると、そこからどす黒い液体が流れ出ているのが見えた。

 そして、隆一は箱を出したのが自分自身であることをやっと思い出したのであった。

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