Believe

 二人は日課のロードワークを終え朝食を取ると、ボクシングのトレーニングを行い昼食を取る。そしてグリフィンの操作を練習したあと、またボクシングのトレーニングを夕食まで行う、その後はまたグリフィンの操作練習だ。

 そんな日課を一ヶ月半ほどこなしている、二人はお互いに教え合いメキメキと上達しっていった。最初はマークがパソコンを叩いているだけで、ルーシーは笑っていたし、体力切れで倒れるジョイの顔面にオリビアは水をかけて起こしていた。そんな頃が懐かしい。


「ねぇマーク」

 ジョイはサンドバッグを叩きながらマークに声をかける。


「なんだジョイ」

 マークはパソコンを叩きグリフィンの調整をしながら答える。


「エキシビションなんだけどさ、今度マシーンファイトの試合があるんだ、見に行かない?」


「行くに決まってるだろ、いつだ?」


「今夜!」


 鋭い音ともにサンドバッグが大きく揺れる。


 マシーンファイトスタジアム、屋内の中心にリングが有る他の格闘技の会場と似たような作りだ。

 違う所が有るとすれば、セコンドのためのPCデスクと、操者のために箱が用意されていてその中で操縦をする所だろうか。

 これは昔のまだ操縦席が大型だった頃のマシーンファイトの名残なのだが、外部からの不正アクセスを防ぐなどの目的もある、内部は防音になっていて、外の情報はセコンドからの通信とグラディエーターマシンのセンサーからの情報しか見ることができない。


「そこそこ良い席じゃねーか」


「ねぇちゃんが取ってくれたんだ」 


「なぁたまに思うんだけど、オリビアって実は凄いのか?」


「さあ? あんまりねぇちゃん、仕事の話してくれないからわかんないんだよね」


「そうか」


 マークは少し考えて、考えるのをやめた。


 無駄な考えをしている間に試合が始まった、赤コーナーはチームシノビケンのゼロニンジャ、青コーナーはチームアルゴーのボルトヘラクレス、どちらもフルトラッキングインターフェースでの対戦だ。

 ゼロニンジャは黒い細身のボディで名前の通り機動力が高く、ボルトヘラクレスは黄土色の少し大柄なボディでパワーが持ち味だ。

 ジョイの話だと、こいつらは上位リーグの中でもなんでも有りルールのグラディエーターマシンらしく、マシンスペックや装備もグリフィンより高いらしい。

 それゆえ派手な試合が観客にウケ今人気沸騰中なのだとか。


 開幕に少しボルトヘラクレスの見せ場があったが、試合は終始一方的に見えた。ゼロニンジャの動きをボルトヘラクレス側がとらえることができなかったのだ。全ての攻撃を寸前で避けられ、少しづつチェーンソーで削られていくボルトヘラクレスを見るのは、少し辛いものがあった。

 いかに怪力といえど当たらなければ無に等しい、逆に言えばゼロニンジャの装甲では、ボルトヘラクレスの一撃をまともに喰らえば即KOだっただろう。当たればの話だが。

 ここまでの差がついたのは操者の力量差と言える、それほどまでにゼロニンジャの操者は強いのだ、おそらく生身で戦っても恐ろしく強いだろうことは予想がつく。


「武器仕様ルールも有るんだな、というかこんなに差がつくものなのか?」


「ここまで差がつくのはゼロニンジャだけだよ、彼らは強すぎていつも処刑ショーみたいになっちゃうんだ、フルトラッキングを使いこなしていないと、あんな動きは絶対にできないよ」


「良い勉強になった試合の形式も生で見れたしな」


「それならよかったよ、レギュレーションが違う試合だから楽しめるか不安はあったんだ」


 シノビケンのチーム席を眺める、マークの目線が止まる。


「あいつは……もしかして」


「あー最近できたシノビケンの下位チームのゲニンだね。できたばっかりなのに、なんかあんまり評判良くないんだよね」


「そうか……」


 マークの拳は固く握られていることにまでは、ジョイは気が付かなかった。


「マーク帰ったらどうするの?」


「……」


「マーク?」


「ん、ああ、すまねぇ時間も遅いし、今日はもう解散にしようぜ。 オリビアも心配だろうしな、俺はロードワークしながら先に帰るよ」


「……そう、わかったじゃあ、おやすみマークまた明日ね」


 ジョイは去り行くマークの後ろ姿に違和感を感じ取るが、それがなにかはわからなかった、ただ初めてあった時のマークの後ろ姿にどことなく似て見えた。


 ジムの屋上には星空が輝き他には誰もいない、普段は洗濯物を干したりしているが、今は夜でこんな時間にここにいるのは、ジムに住んでいる者だけだ。考え事なんて似合うわけもなく、答えが出ないのは暫く前に酒に溺れた時に知ったはずだった。


「こんな所にいたんだねマーク」


 ジムの屋上で夜風に当たる人影が一つ増える。


「ジョイか何しに来たんだ、あんまりオリビアを心配させるなよ」


「マークが心配でさ、なんか様子おかしかったし」


 沈黙が二人の間に流れる。


「あのさ……、僕の昔話、聞いてくれない?」


「……勝手にしろ」


「うちの家、両親いないんだ。歳の離れたねぇちゃんが親代わり、そんでねぇちゃんとも半分しか血が繋がって無くてさ……それであんまり似てないんだけど……」


「……」


「僕が子供の頃には、まだ母さんはいたんだ。でも物心ついた頃には父さんはいなくなってて、ねぇちゃんは荒れてた。今となってはねぇちゃんの気持ちもわかるけどあの頃は大変だったよ」


 ジョイの鼻を啜る音が夜風に紛れ込む。


「辛いなら、やめてもいいんだぞ……」


「僕が始めたんだし話させてよ、その頃は学校でも馴染め無くてさ、辛かった。それに母さんは毎日働き詰めだし、ねぇちゃんはあんまり帰ってこないし、家に帰ってもだいたい一人だったんだよね」


 ジョイは鼻を啜ると深呼吸をした。


「そんな時にあるボクサーの試合を動画で観たんだ、まだ無名だった時代だけど凄く強くてさ、しかもそのボクサーと家は家庭環境がちょっと似てたんだ、もう食い入るように応援したし勝ったら自分の事のように嬉しかった」


 遠い記憶が呼び起こされたのか、夜風が目に染みるのか、マークの目は潤んできていた。


「一回だけ試合も観に行ったことが有るんだ、その選手がまだ無名だったころ、偶然近くで試合があったから。その時のチケット代お小遣いだけじゃ足りなかったんだけどさ、ねぇちゃんがチケット代出してくれたんだ。その時に初めてちゃんとねぇちゃんと話した気がする。嬉しかったよ、ねぇちゃん素直になれないだけで、母さんのことも家のことも心配してくれてるんだってのもその時に聞いたし。そうだその時のチケットの半券はまだ残してあるよ」


 二人共星を眺めていた、上を向いていないと涙が溢れてしまうから。


「試合は最高だった、相手を全く寄せ付けないパンチに軽快なフットワークで3ラウンド2分18秒でKO勝利」


「違う2分16秒だ右ストレートで仕留めた、公式戦初めてのKO勝利だったよ。しかもその時に応援に来てたガキに右ストレートを教えてやったからよく覚えてって……!?」


「うん、その右ストレートでいじめっ子ぶっ飛ばしたよ、まぁラッキーパンチだったけどね。それ以来は学校でいじめられなくなったから本当に感謝してる。それに僕にとって家にも学校にも居場所を作るきっかけをくれたのはそのボクサーなんだ、だからマイケル・グリフィンは僕のヒーローなんだよ、なにがあろうとね」


「……全部、知ってたのか」


「助けてもらった時から気がついてた」


「じゃあ、俺がなんでボクシング業界を去ったのかも知ってるんだな」


「うん、でもマークは八百長なんかやらないでしょ?」


「信じてくれるのか?」


「当然でしょ。それに暫くマークと一緒に生活して確信したよ、そんな人を騙すようなことをする人じゃないって」


 マークの目からは涙が溢れ落ちた。こんな自分でも信じてくれる人がいるのだ、前を向かなければいけない。


「知ってると思うが俺には妹がいるんだ……、ちょうど八百長事件が起きる前に妹の心臓に病気が見つかってな、もともと妹の体はそんなに強く無かったから、早く臓器移植をしないとどうなるかわからない用な状態だった」


 マークはポツリポツリと過去を話し始める。


「その頃の俺は今もだが、バカでよ金なんてこれっぽっちも持って無かった。いや貯めてたとしても到底準備できるような額じゃなかったけどな、それで俺は試合を増やした規定のギリギリまでな。それでも足りなかった、だから……。 裏のファイトにも出入りするようになったプロボクサーなのにな」


 マークは過去の自分に怒りを向ける。


「その頃の俺は目先の金を稼ぐことしか考えてなかった、自分のキャリアを換金することだけを考えてたんだ。そしてボロボロになるまで戦い続けた、それが良くなかった……八百長事件の試合の日の前日も裏ファイトでボロボロでよう、それに他の試合の疲労も限界に来てた結果はご存知の通りボロ負けさ」


 マークはどこか自嘲するような喋り方だ。


「そしてハメられた、俺のことを気に入らないやつがいたんだ、そこそこ強かったしな。それに裏ファイトに出てたのは事実だ、八百長は疑惑でも裏ファイトに出てるようなやつは、八百長ぐらいはやるだろうってことさ。実際金に困ってたし本当に八百長を持ちかけられてたらどうなってたことか……」


「妹さんはどうなったの?」


「あいつは……エマは、手術は成功したって風の噂で聞いた、エマは今良いところに引き取られて暮らしてるよ。俺を庇ってくれた数少ない友人の一人が引き取ってくれた、あいつになら任せられる」


「会いには、行かないの?」


「俺が会いに行ったら迷惑になるだろ」


 諦めと哀しさがマークの声に混じっていた。


「会いに行こうよ、僕達にはマシーンファイトが有るそれで有名になって汚名を晴らそうよ!」


「……ジョイそのことなんだが、俺は戦えない」


「なんで……?」


「会場に俺をハメたやつの一人がいたんだ、俺がいたらきっとジョイ達に迷惑をかけちまう、だから……」


「そんなの関係無いよ!」


「いや、ジョイそんな簡単にいうなよ俺だって悩んでんだ!」


「なんのために僕が昔話をしたと思ってんのさ! マイケル・グリフィン!」


「おっ、おう……」


「マイケル・グリフィンはなにがあろうと、僕のヒーローだって言ったでしょう!」


「いやでも他のチームメンバーがだな」


「負けたらチームは結局無くなっちゃうんだよ!?」


「それもそうだが……」


「いつまでウジウジ悩んでんのさ!僕達を勝たせてくれるんでしょ?」


「確かに言った」


「それにチームメンバーはもうみんな知ってるわよ」


 ジムの屋上に人影がもう一人増えた。


「オリビア、なんで君までここに? それにどういうことだ?」


「ジョイが心配だからだけど? それにリスクマネジメントするのもマネージャーの仕事だし、貴方がジョイを助けてくれた日に、ジョイが嬉しそうに語ってたから調べちゃった」


 オリビアはウィンクしてみせた。


「俺の独り相撲だったってことか……」

 マークは肩をすくめた。


「勘違いしないで欲しいのは、私は貴方を買ってるのよマイケル。それこそリスクを取っても良いと思えるぐらいにはね。それに貴方が自分の行いと背負ってる物を正しく理解しているからこそ、チームのために悩んでいる、この事実が無ければ切り捨てていたわ」


 マークとジョイは近づき小声になる。


「ジョイ、お前のねぇちゃん何者なの」


「そんなのわかんないよ……」


「で、今後どうするのマイケル・グリフィン?」


 オリビアの刺すような眼光がマークの心臓を貫いた。


「戦って勝つさ、チームの為に!」


「よろしい、じゃあ夜食でも食べに行きましょうかまだ中華なら開いてるでしょ」


「やった!ねぇちゃんの奢り?」


「誘っといてここで奢らないってなるのも変でしょ?」


 クラーク姉弟の姿がジムの中に消えていくのをマークは少し見送った。今度はここにエマも連れてくるんだそう思えた。

 失った物を拾うチャンスはジョイが与えてくれた、後は一つづつ拾って行くだけだ。チームの期待に答えて行けば自ずとたどり着くことだろう。


「マーク、置いてっちゃうよー!」


「今いくさ!」


 マークは頬を叩くと気合を入れ直した、夜風が湿った頬を撫でる。

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