ボックスアウト・ボックスイン

塩焼 湖畔

box&ing

 

 皆さんはボクシングというものをご存知だろうか? そう、あのグローブをつけて殴り合う拳闘競技だ。

 ボクシングの起源を遡ると、1万年ほど前の兵士の訓練まで遡れる、それが紀元前4000年頃にエジプトに伝わり、その後ギリシアへと渡りそこでパンクラチオンが生まれたという説がある。


 古代ギリシア語で箱はPUXOSという、それは握りしめた拳を意味するPUGMEが変化したものだ。

 つまりボクシングという言語の由来は、box&ing で拳を箱としてお互いに競い合う、ということから来ている。


 そこから16世紀頃に近代ボクシングに発展し、19世紀にルールが制定されグローブがつけられるようになった、その後22世紀にはマシンボクシングが登場するのだが、ここでは割愛させて頂こう。


 つまり何が言いたいのかと言うと、拳闘の歴史は長く深い、それに技術は今も現役だ。

 現に今も目の前で、フードを被った浮浪者みたいな男が、自分よりも背が高く屈強な男を殴り倒している。


 技術は純粋な力による差を埋め、またそれこそが力足り得るのだ。

 

 屈強な男が膝を折る、最後の一撃を食らった男は小汚い路地裏に転がった。

 浮浪者のような男は、まだ残った酒瓶を拾い上げると路地裏の闇に向かって歩き出す。


「あっ、あの!」


「あっ?」


 酒瓶を傾けながら、男は不機嫌そうに答える。


「たっ助けてくれて、ありがとうございます! 僕はジョイ、あっ、貴方は?」


 ジョイは震える声を精一杯振り絞る。


 ジョイと名乗った少年は上背は低く、目算だが体重は120ポンドぐらいだろう。襟のある黒いオーバーサイズのテックジャンパーに黒く降ろされた髪で、シルエットはまるで黒いてるてる坊主だ。


「あっ?あー。マイ、……マークだ」


 フードを被った浮浪者風の男、マークは頭を掻きながら、ばつが悪そうに答えた。

 マークは標準的な身長に不摂生で痩せた体。小汚いフード付きのパーカーからは、これまた小汚い髭と伸び放題の前髪、そこから活力の無い目が覗いている。


「それ、ボクシングですよね?」


「お前には関係ないだろ」


「関係は、ないですけど……」


「そうだろ、じゃあ行くぜ。こんなとこを、のこのこ歩くんじゃねーぞ、ギークボーイ君」


「待って、待ってください!」


「んだよ、しつけぇな!」


「僕に、ボクシングを教えてください!」


「あっ? 俺が? なんで?」


「どうしても必要なんです、お願いします!」


 ジョイは深く頭を下げた。


「んなもん、そこらのボクシングジムにでも行けばいいだろ」


 マークは酒瓶を傾ける。


「さっきは助けてくれたじゃないですか!」


「さっきはさっきだ、今は今」


「どうしても……、いやそうだ!お腹空いてませんか? 助けてもらった、お礼がしたいんです」


 ジョイは縋り付く勢いで、マークに迫る。


「今度は物で釣る気か? まったくふざけるのもいい加減に」


 マークの腹から大きな音が鳴る、いい返事だ。


「ねっ?」


「わかった、わかったよ。言っとくが飯食うだけだからな」


「よかった、ついてきてください、いい店を知ってるんです。」


 マークとジョイは路地裏から大通りへ歩き出す。大通りでは夜の来客に向けて店の看板に明かりが灯り、夜道を明るく照らしていた。




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