Border Lines
ジョイの後ろについていくと、古いトレーニングジムの入口についた。
「おい、ここってまさか」
「そのまさかさ、驚くのは中に入ってからだよマーク」
ジョイがジムの入口の鍵を開ける、嗅ぎ慣れた匂いがマークを出迎えた。中には古ぼけ手入れされていないトレーニング用品があり、中央には整備された四角いリングがあった。
一辺が24フィート高さは4フィート、慣れ親しんだあの箱だ。
マークはリングのキャンバスに触れ、ゆっくりと感触を確かめる、二度と触ることはないと思っていた、あのキャンバスだった。何かで補強されているのか知っている物より、しっかりとしていた。これならもっと重いものが上で跳ねても大丈夫だろう。
「マーク、ねぇマークってば、驚かせようとしたのはそっちじゃないのに……」
「ん、ああ、すまねぇついな……」
視線をジョイの方に向けると、パーテーションに区切られた一角があり、そこには整理されていないパソコンデスクと電子機器、一際目立つものは布で隠された人間サイズの物体だろう。
「それってまさか?」
「その、まさかだよ」
ジョイが布を取り払うと、人形のロボットが整備用のハンガーで静かに眠っている。
「さっき試合で観たやつより小さいが、いい面じゃねぇか」
「でしょ? 見てて」
ジョイがパソコンを叩くと、眠っていたロボットのツインアイに青い光が灯る。
「動くのか?」
「当たり前でしょ」
ハンガーから外されたロボットがゆっくりとリングに向かって動き出し、たわませたロープを跳び越えるとリングに降り立った。
ジョイがコンソールを叩くとロボットがボクシングのシャドーを始める、オレンジの装甲が照明を吸収しシャドーの軌跡に影を残す。
「おいおい、マジかよ」
マークは年甲斐もなく興奮していた。
「問題はここからなんだよ、この新型のコンソールがね」
ジョイはフルトラッキング型のコンソールを全身に装備し、モニター付きのバイザーを装備した。
ジョイはその場でボクシングのシャドーを始める。
それに連動して、オレンジのロボットがジョイと同じシャドーを始める。お世辞にもキレが有るとはいえないそのシャドーに、ロボットは懸命についてきていた。
「おいおい、何だそりゃ? さっきの方がよっぽどよかったぞ」
「そうなんだ……。 このフルトラッキング型のコンソールは最近の物なんだけど」
オレンジのロボットはヘナヘナしたシャドーを止めるとその場に静止した。ジョイはバイザーを外すとマークの方に視線を向け、ため息を吐く。
「このコンソールが問題でね。 操者の動きをほぼ100%トラッキングできるから、過去の物より動きにバリエーションが増えてさ。マシーンファイトの環境が大きく変わっちゃったんだ」
「最初のシャドーも、そう悪いもんじゃ無かったけどな、勝てる動きだ」
「うん、あの動きは特別だからさ……。 でも、駄目なんだあれだと、最初に決められた動きしかできないから。 対策されるとどうもね、それに最新コンソールが使える相手は柔軟に動ける分、対策もしやすいんだ」
「それで、ボクシングを俺に教えて欲しいってことか」
「それなんだけど……」
ジョイの顔は自信がなさそうに俯く。
「……まぁ、二番目のシャドーを見る感じだと……時間はかかるだろうな……」
マークは埃の被ったサンドバッグを眺めた。
「そう、だよね……」
「時間がかかると、なにか問題が有るんだな……?」
マークはサンドバッグに軽く打ち込む、聞き慣れた音がジムの中に響く。
「この新型のコンソールが流行り出してから、僕達のチームの戦績は良くないんだ……」
サンドバッグを叩く音が、また一つジムの中に響く。
「……今期のシーズンで戦績が悪いと、僕達のチームは……」
ジョイの悔しそうな声を、サンドバッグを叩く音がかき消す。
「ジョイはどうしたいんだ……?」
「僕は……僕は勝ちたいよ! チームの皆のために勝ちたい! でも、僕じゃ……」
サンドバッグを叩く音が強く響いた。
「俺がお前らを、勝たせてるやることは、できるきっとな。 でもそれでお前は良いのかジョイ?」
「……それでもいい……。 今勝てないと駄目なんだ! 失うくらいなら僕は勝ちたい……。 だからマーク、僕達のチームで戦って欲しい!」
一際大きな音とともに叩かれたサンドバッグが大きく揺れる。
「わかった、お前の話を聞いてやる」
「本当に!? よかった、明日からグラディエーターマシンの操作を教えるよ。住むとこないならここに住んで奥にシャワーも有るし、寝るところは」
「たーだーし!」
マークの声がジョイの言葉を遮る、さっきまでの飲んだくれた浮浪者マークはそこにはいなかった。
「ジョイ、お前にはボクシングも教える。そして俺は、お前からあのロボットの操作を習う」
「えっ?」
「当たり前だ、最初の約束は、お前にボクシングを教えるだろ?」
「そうだけど……」
「俺は、いつまでもお前を助けてやれるとは約束できないんだ、ジョイ……」
マークは愛おしそうにサンドバッグを撫でる。
「なーに、俺が教えるんだ、今期のシーズンが終わる頃にはお前は一人前のボクサーさ!」
マークは振り返るとジョイに笑いかけた。
「マーク……ありがとう」
「袖振り合うも多生の縁ってやつさ」
「なにそれ?マーク見た目によらず難しい言葉を知ってるね」
「見た目は、今はいいだろうが見た目は! そうだ、明日はロードワークから始める朝の六時にはここに集合だからな!」
「そんなに早く!?」
「ボクシング教えって言ったのは?」
「僕だよ……。わかった、ところでなんだけど……朝の七時になったりしない?」
「……わかったよ」
マークはため息を吐いた。
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