Team Up


 朝の日差しがジムの窓から差し込み、中の人影を照らす。中の人影はトレーニング機材の埃を落とし磨いていた。マークだ、マークは髭を剃り髪を整えトレーニングウェアに着替えていた。


 「おはようマーク」


 両手にパンパンに膨らんだ荷物を持ち入口から入ってきたのは、いつもの黒いてるてる坊主スタイルのジョイだった。


「ようジョイ、なんだ、それは?」


「これ? いやマークの話をしたら、ねーちゃんが持ってけって。 あれ、マーク髭そったんだそっちのがいいよ、服も着替えたの?」


「お前、姉がいたんだな……いやそうじゃなくて服装だよ!」


「服装? マークの替えの服ならここに入ってるよねーちゃんが持ってけっていうからさ」


「違う!服ぐらいは買えるわ! お前の服装のこと!」


「……これじゃまずい……かな?」


「当たり前だろ」


「わかったよわかってるって、ちゃんと中に着てるからっねっ?」


「それならいいが、はぁ着替えて来い」


「はい先生!」


 マークは深く息を吸い込むと、サンドバッグを数回叩く。


 ロードワークを終えてジムに帰って来る、予想以上に時間がかかったが、初日はこんなものだろう。

 予想道理だったのはジョイの体力の無さだった、息も絶え絶えなジョイを背負って、ジムのドアを開くと、中からいい匂いが漂ってくる。


「おい、ジョイ大丈夫か?」


「みっ水……」


「はいどうぞ」


「ありがとう助かるよ、ほれジョイ水だ、ゆっくり飲めよ」


「全くだらしないわねジョイ、普段から不摂生な生活してるからよ」


「あんまり言ってやらないでください、こいつもそれなりには頑張ってって……誰?」


「初めましてハンサムさん、私はオリビア、そこで伸びてるジョイの姉よ」


 セミロングで整えられたピンクブラウンの髪が歩くたびに揺れる、オリビアの整った顔立ちに施されたメイクは元々魅力的な瞳と唇をさらに飾り立てている。服装は対照的にシンプルなトップスにパンツのスタイルだが、彼女のスタイルならそれでも街行く人は振り返るだろう。


「Wao……。 失礼まさかジョイに、こんな綺麗なお姉さんがいるとは思わずに。私はマークです、ジョイ君のトレーナーをやらさせてもらってて……」


「口説くのは後にして頂戴、朝ご飯冷めちゃうから。マークの分も有るからよかったら一緒にどう?」


「喜んで、いただきます」


 ジムの奥にキッチンがあり、食卓には温かいブレックファーストが並ぶ。


「せっかくだし、高タンパクで低脂質な物にしてみたの、お口に合うかしら」


「いただきます、綺麗で料理までできるなんて素晴らしいお姉さんだ」


 ジョイはプチトマトをフォークで転がしている。


「こらジョイ!」


「わかったよねぇちゃん、でもいつもこんなんじゃないのに……シリアルとかないの?」


「あんたは……はぁ」


「そうだジョイ、好き嫌いしてると強いボクサーにはなれないぞ?」


 マークはオートミールを美味しそうに飲み込む。


「マーク、ねぇちゃんの飯、美味しい?」


 ジョイはプチトマトを頬張り、スプーンに掬ったオートミールを眺める。


「旨いだろ?最高だ」


 マークは自分の皿を食べ終わると、プロテインを入れたシェーカーを振り始める。


「案外、お似合いなのかもね」

 観念したかのように、ジョイはオートミールを食べ進める。 



 昼下がりのジムに、マットを蹴る音と機械の駆動音が小気味よく響く。


「マーク、スゴイよ!筋が良い」


「このフルトラッキングだったか、ジョイこいつ凄いな思い通りに動きやがる!」


 マークの影を追いかける、オレンジ色のグラディエーターマシンはまるで、本物のボクサーの動きだ。


「調整さえすれば、すぐにでも実戦で戦えそうだ」


「実戦か楽しみになってきたな……。 そうだ、調整してくれるなら。動きが所々硬いというか、詰まるような所があるんだが直せるか?」


「うん、きっと原因はマークの体の縮尺だとか重心が機体と合ってないから、だと思うから直せるよ大丈夫。夜にはチームのメカニックが来るからその時に調整してもらおう」


「それは助かる、そうだこのグラディエーターマシンに名前はあるのか? 一緒に戦う、こいつの名前を知っておきたい」


「名前、名前か……」


「なんだよ、もったいぶらずに教えろよ」 


「……グリフィン」


「グリフィン? ……ハハッいい名前じゃねーか、やれる気がしてきた、最高にクールだ!」


 ジョイもマークもお互いに笑い合う。


「はぁ意外とこれ疲れるな。 久しぶりとはいえもっと動けると思ってたんだが」


 マークは大の字で床に倒れ込む。


「そのコンソール、フル装備だとそこそこの重量が有るからね」


「マシーンファイトは何ラウンドなんだ?」


「今回のシーズンは5分5ラウンドだね」


「次の試合は?」


「僕らのチームのシーズン開始は二ヶ月後」


「ギリだが、やるしかないな。 ロードワーク増やすか……減量がないのが救いだぜ」


「ねぇマーク」


「なんだジョイ?」


「いや、なんでもないや」


「何だそりゃ」


 また笑い声がジムに響いた。



 「ワン・ツー!ツーツー・ワン! もっと脇を閉めろジョイ!」


 ジムにライトがついた頃、一心不乱にジョイはミットを叩く。


「よし良いぞ、休憩だ。 初めて出会った時と比べたら、だいぶマシになったな」


 マークはジョイにスポーツドリンクを手渡す。


「はぁはぁ、まだまだ、はじめの一歩目だよ……でもありがとう」


 ジョイはスポーツドリンクを飲むとリングに大の字で転がった。マークはサンドバッグを叩き始める。


「マークは真面目だね」


「……不安なんだ。 これは夢で、昨日までの俺に戻っちまうんじゃないかってな」


 サンドバッグを叩く拳に熱がこもる。


「夢じゃないさ、夢ならこんなに疲れることしたくないし」


「ははっ、違いねぇ」


 揺れるサンドバッグが弧を描く。


「楽しそうなところ悪いが邪魔するぞ」


「ハーイジョイ」


「こんばんは、カーペンターさんとルーシー来てくれてありがとう」

 ジョイはリングに起き上がると二人に手を振った。


 作業用の汚れたツナギに身を包んだ二人組はカーペンターとルーシー、二人は祖父と孫で、ジョイのチームのメカニックだ。カーペンターさんがハードウェア、ルーシーがソフトウェアを担当している。自己紹介も程々に、二人はマークの体を採寸しグリフィンの調整に入った。


「動かしてみろ、若いの」


 フル装備のマークは再びグリフィンと影を共にした。


「おおっ! 凄い、凄いぞジイさん。さっきとはキレが違う!」


「ふん、まぁちょっとは違いがわかるやつみたいじゃの」


「うーん今データ取ってるけど、ソフト面はちょっと時間かかりそうだね、持ち帰りになるかも。ってかナニこの数値、ほぼプロの出す数値じゃない?」


 ルーシーはそばかす顔の鼻にシワを寄せ、手入れされて無いブランドの髪を掻きむしる。


「どうだいお嬢ちゃん? なかなかやるだろ?」


「まっ数値上は認めておこうかな」

 ルーシーはにんまりと笑った。


「みんな揃ってるなら、作業はその辺にして晩御飯にしない?」


 奥のキッチンからオリビアの声が聞こえる。一人我先にと走っていくマークを残し、全員が目を見合わせる。


「オリビアが料理……?」

 ルーシーが目を細める。


「今朝からこうなんだ……」


「これは一嵐来るかもしれんのう」


「おい!皆んなもこいよ!肉があるぜ美味そうだ」


「ジイちゃん家で昔飼ってた犬ってさ、あんな感じじゃなかった?」


「なんでも食うやつじゃったが、もうちょい品があった」


「なんでも食うのはきっと一緒だよ。はぁみんな行こう、心決めてさ、ねぇちゃんが怒る前に」


「まぁ、うちのマネージャー様だしね。これもチームアップってことか」


 ルーシーは席を立つとキッチンに向かって歩いていく、それに皆んなも続いた。

 新チームで囲む初めての食卓は温かかった、並ぶ色とりどりの料理はテーブル狭しと並べられている。


「なにこれオリビア、今日はなんか特別な日なの?」

 つまみ食いをしようとしたルーシーをオリビアが制して答える。


「新チームの決起集会なんだから当然でしょ?」


「へーなるほどねー」


「なにその目は?」


「いーや、なんでもございませーん」

 ルーシーはにやにやしながら席に座った。


「みんなグラスは有るわね、今日はマークがうちのチームに加わってくれた記念すべき日よ。それでささやかながらパーティを準備したわ、チームに乾杯」


「チームに!」


 ささやかながら温かい、パーティが始まる。


「なにこれ美味しいじゃん」


「ルーシー貴方……喧嘩売ってるなら買うわよ?」


「リングで喧嘩しちゃう?私はやだけどね」

 ルーシーは戯けながらも、カーペンターの分を皿に取り分けている。


「じいちゃん野菜も食べなよ、ジョイもね」


「パーティなんだしいいじゃんかよ」


「駄目よジョイ」


「食事のバランスはファイターには大切だぞジョイ」


「ワシの分の野菜もやろう、ジョイ」


「わかったよ、でもカーペンターさんは自分の分のは食べなよね」


 パーティが盛り上がり、グリフィンの最終調整は後日になった。みんなが家路についたあと。

 マークは夜のロードワークに出た、今日は久しぶりに楽しかった、楽しすぎるぐらいだった。しかしその楽しさに揺り戻されて過去を思い出す。

 俺はこんな幸せを手にしていいんだろうか? 酒に逃げそうになる自分を殴りつけ、一心不乱に地面を蹴る。疲れきらないと眠れる気がしない、全てを忘れてそしてあの頃を取り戻すために、マークは一心不乱に走った。

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