いい『箱』が見つからない
辺理可付加
いつかは東京ドームや武道館
「ああぁぁ〜〜〜!!」
放課後の
「どうしたの弓ちゃん!?」
振り返ったのはギターをチューニングしている
天弓は彼女に抱き着いた。
「ちょうどいい『箱』が見つからないよぉ〜!!」
「『箱』って、ライブハウス?」
「そう。よよよ……」
「よよよ、って泣く人初めて見た」
「じゃあ次はくすくす笑う人だね」
ライブハウスを探している時点でお分かりと思うが。
そう。二人はインディーズ女子高生音楽グループ
『月極バンド』
のメンバーなのである!
天弓がドラムではじめがギター。
ちなみにバンド名の由来は全員が『
「やっぱりね? いいところは高くってさ? お高くまとまりやがってさ?」
「三茶にいるような女子高生が言うことじゃないと思うな」
「でも予算内だといい物件がないぃ〜! クキィーッ!」
「床に座り込んでハンカチ噛んでクキィーッとか言う人初めて見た」
「じゃあ次はほっぺに手ぇ当てて『あらあら』って言う人だね」
スカートを軽く払い、席に戻る天弓。
「まぁ、多少マシな物件もいくつかあるにはあったんですがね」
「そうなの?」
「その辺はメンバー揃ってから話し合おうかと」
もちろんバンドなので、ドラムとギターだけでは成立しない。当然他のメンバーがいる。
が、ベースの
ボーカルの
両者ともこの場にはいない。
「そうだ。はっちゃんだけでも先に確認しとく?」
「いいの?」
「だって二人とも生きて帰ってくるか分からないもん」
「ふへぇ……」
「というわけで実質二人で決めることになると思う! だからもう聞いちゃって! 第一弾! じゃーじゃん!」
天弓は立ち上がって胸を張る。
「超絶駅チカ!」
「えぇ!? それすごくいいじゃん! 駅から近いと人が来やすいし、ギター持って延々歩かなくていいし!」
「ただし難点として」
「あー、やっぱりそういうのあるんだ」
腕組み渋い顔の天弓。はじめも興奮で顔に寄せた拳を膝へ下ろす。
「駅チカすぎて、逆に電車がうるさいと」
「えぇ、それって防音設備大丈夫なの? こっちからも外に音漏れない?」
「それは大丈夫。出口遠いから」
「えっ?」
「何せ駅チカ! 『東京メトロ新宿』改札口から徒歩0秒! 一番近い出口でもそこそこの距離! 地上にゃ聞こえないよっ!」
「駅地下じゃねぇか!」
下ろした拳をまた振り上げるはじめ。忙しない生き物である。
「ダメ?」
「路上ライブにしても他に場所あるよね!? ていうか弓ちゃんはドラム持って地下鉄乗る気!?」
「ダメかぁ。じゃあ第二弾! デーデン!」
天弓はドンッと胸を打つ。
「ステージトラック! DEATH!」
「おぉーっ! 憧れの!?」
「そう! 憧れの!」
「あの荷台の横の壁が開くやつ!?」
「そう! 上にガショーンって開くやつ! コンボーイ!」
「一度あれやってみたかったんだぁ! 海の見える公園とかで!」
「ただし難点が」
「そうだよね。知ってた」
勢いを失うように座る天弓。
うーむ、と首を捻る動きが二人、シンクロする。
「まず、けっこー狭くて」
「狭いんだ。小型なんだね」
「うん。で、ガラス張りで」
「へぇ、めずらしい」
「ていうかマジックミラーで」
「ん?」
「オーディエンスの歓声が聞こえないんだよねぇ」
「大丈夫? それ歌ったあとにエッチな撮影始まったりしない? 逆に歓声聞こえたらマズいパターンじゃない?」
「しかも逆マジックミラーで外見えないから、盛り上がってるかすら見えないんだよねぇ」
「ますますアウトじゃん! 絶対いかがわしいヤツだよ! しかもよくあるヤツよりシチュエーションハードだよ!」
「でも使用料どころかギャラ貰えるんだよ?」
「AVじゃねぇか!」
「もしそうなったら、優しくしてね……♡」
「嫌だよ!」
「えっ、そこまでガチ拒否されると、さすがに傷付くなぁ」
「えっ? そ、それはごめん! そうじゃなくて! 私、弓ちゃんのこと自体は好k……ヴッヴン! 嫌いじゃないけど! でも、こう、心の準備が……」
「まぁ私も趣味じゃないしいいけど」
「なんなんだよ!!」
握った拳が一撃に変わるのをなんとか堪える。
そんなこと気にも留めず、天弓はまた立ち上がる。忙しない(以下略)。
「はっちゃんは注文が多いなぁ!」
「これ私が悪いの?」
「ならば三度目の正直第三弾! ガーガン!」
「私は弓ちゃんにガーンだよ」
大きく広げられる両手だが、安心感や威厳はまったく感じられない。
「学校から近い! 設備完備! 冷暖房もあります! やや狭いけど!」
「ふーん、学校から近いと友だち呼びやすいね」
「明らかに興味をなくしてるな? キサマ」
「キサマの発言を振り返れキサマ」
「ただし難点が」
「難点はおまえの頭だよ。あと駅チカみたいに学校から近いじゃなくて、音楽室そのものとかはナシね」
「……」
「……」
「〜♪」
「おい、口笛吹くなドラム担当」
「……」
「……」
「使用できるのは次の文化祭ね?」
「あのさぁ」
「あー、追試とかさぁ、マジでさぁ。『通してあげたいから、あなたのためにやってるのよ!』ってさぁ。じゃあ最初から赤点付けんなよな」
夕暮れの校内。
『月極バンド』ベース担当、高田馬場鈴が下駄箱を出て校門へ向かうと、
「お、レインじゃん。おーい!」
「あ、すっちー」
振り返った天弓(あだ名の由来は
鈴は小走りで駆け寄った。
「どしたん。元気ないじゃん。話聞こか?」
「あぁ、あのね?」
天弓の力ない笑みが沈む夕日に被る。
「今度のライブの『箱』が、なかなかいいのが見つからなくて」
「あるね、そういうこと」
「いろいろがんばってはっちゃんにプレゼンしたのですが」
「うん」
「MM号とか」
「おい」
「『ふざけすぎだ』と不興を買って、このたび『月極バンド』をお払い箱に」
「ぼ⚫︎ち・ざ・ろっくになっちゃったか……」
いい『箱』が見つからない 辺理可付加 @chitose1129
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます