第4話 ホワイトデーのベッドの中
こちらは本編の世界観の続きとして書いています。ただし、白南風くんが本編であげなかったお菓子を贈っていたとしても、行き着いていた未来かもしれません。チョコレートはマチコさんに移った香りが強すぎて、難しい気がしますけどね。ベッドにマチ子さんの匂いが移るまで、心ゆくまでご堪能くださいませ。
■□■□
ボディクリームを買うときに、店員から香りを嗅がせてもらっていた。そのときに得たマチコさんに合いそうという直感は、やはり正しかったのだと改めて思った。
入浴後の体にまんべんなく塗布されたクリームは、マチコさんの肌をこれ以上なくモチモチにさせていた。アーモンドやマンダリンの香りにするか迷ったのだが、いつもマチコさんから漂うグリーン系の匂いにして良かった。
「指先から足まで、すげぇ良い香りする」
思うがままにキスをして、舌でなぞったり甘噛みしたりを繰り返す。
「聞いてる? マチコさん」
枕で顔を覆っているマチコさんは、かすかに頷いた。ベッドにマチコさんの匂いが残ることは想像できていたものの、このままでは枕も同じ匂いがつくかもしれない。俺としては、願ったり叶ったりで嬉しいのだけれど。シャワーを浴び終えるまで待っていた身としては、マチコさんの顔が見たい。
かれこれ一時間はマチコさんを味わっているから、物足りないという訳ではない。むしろ顔を見せてほしいから続けている。首筋に息を吹きかけると、硬い壁が動いた。
「し、恭太さん」
「なーに?」
「変な味していたら、やめていいんですよ。無理して舐めなくても」
やっと話してくれたと思ったら、そんなことか。仰向けで背中以外味わわれている自分の心配よりも、俺のことばかり優先していじらしい。
この世には、食べられるローションを謳っておきながら、洗剤くらい苦い商品もある。あれと比べれば、天と地の差だ。我慢しないといけないほど、マチコさんは不味くないから良いんだよ。マチコさんなら、多少の無理はできるけど。
「これが無理しているように見える? 枕で視界遮っていると分かんないか」
「~~~っ!」
目元までずらされた枕を、掴んで取り上げる。
「はい。没収! 可愛い顔を隠した罪は大きいから」
「え? 嫌です。返してください」
「どうしようかな。すんげぇキスしてくれたら、考えてあげなくもないけど」
マチコさんの両手が、俺の肩を包み込む。唇が重ねられると思っていた俺は、完全に不意をつかれた。舌を絡められ、上あごをさすられる。気持ち良さに目を細め、マチコさんの動きに合わせた。
俺がマチコさんに何回かしているキスを、もうマスターしたのか。物覚えが良すぎる。
「すんげぇキス、できて、ました?」
こういうのは、キスされた方が溶かされるものだろうに。良くできましたと、マチコさんの顔に花丸のスタンプを押した。
「気持ち良かったから、見合った分のお返ししなきゃな」
俺はマチコさんの体に指を這わせてから、太ももにキスマークを付けた。
「残念だなぁ。この前、たくさん付けてあげたのに」
「残っている訳、ないじゃないですか。一ヵ月も経っているんですから」
前と同じくらい残っていたら、俺とは違う人に付けられた痕だしね。何回上書きしてもし尽せないな。絶対。
「また付け直さないとね。俺の婚約者だって印」
「服の上で隠れるところだからって、そんな場所に付けないでもらえせんか? 下ろす度に見えて、恥ずかしくなります」
「しゃがむと、俺のこと思い出しちゃうの?」
マチコさんは唇を噛んだ。
墓穴を掘ったね。掘った穴に体を隠せないのがつらいね。枕だけじゃ、体の赤みは隠せていないよ。
手を軽く掴み、甲にキスをする。マチコさんの唇にかかる力を緩めるために。
「しゃがまなくても、俺で頭いっぱいにしてほしい」
俺が何かしなくても、マチコさんなら勝手にドツボに嵌るかもしれないけど。
たとえばマチコさんに贈った、プレゼントに重宝されるハンカチ。それに、あなたと別れたいの意味があると知られたら「私はしら、恭太さんの婚約者に向いていなかったんです。初めから分かっていたことでしたけど」と、梅雨並みのじめじめとした思考に陥りかねない。
無地のハンカチではなく、小花柄にしたのは保険だった。占いや花言葉に関心を持っている食堂のおばちゃん達が、マチコさんに教えてくれる可能性に賭けた。できるだけ紛らわしい意味にならないようスマホ片手に選んだことは、俺だけの秘密だ。
「マチコさん。俺の上に乗れるよな。自分から動いてもらえるか?」
「でき、ません!」
「そりゃあ、ホワイトデーだから俺がご奉仕しなきゃいけないんだけど。マチコさんはやだ? 俺と一緒に気持ち良くなるの?」
すごく気持ち良くなれるのにな。
マチコさんは俺の囁きに観念したらしく、時間をかけつつも身を預けてくれた。
〈了〉
本命彼女だけにお返ししたいもの 羽間慧 @hazamakei
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