不動産屋のはらわた

狂フラフープ

地獄まで徒歩ゼロ分

「失礼ですがお客様、お客様の内見の時間はこれにて終わりです。ここからは私めが内見させていただく番ですよ」


 私が十四軒目の住宅内見を終えたところで、不動産屋の社員はにっこりと微笑みながらそう言った。

「はぁ、それはどうも……」

「もっと怖がれやこのアマッ! てめぇの腹を掻っ捌いて住み心地がどうか確かめてやるっつってんだよォ~ッ!!」

 社員が大振りなサバイバルナイフを振り上げ、私に向かって駆け寄ってくる。

「アレが嫌コレが嫌! ごちゃごちゃとうるせぇ!! てめぇにお似合いなのはLiving Roomじゃねえ!! ジャストサイズのDying Roomカンオケだぜ~ッ!!!」

 なるほど。これが不動産屋ジョークというヤツか。

 私は無防備な社員の腹に蹴りを入れ、奪ったナイフを喉元に突き刺すと一息に股下まで切り裂いた。

「ぐッ……はぁぁうッ!!」

 口から血を吐き出しながら膝をつき、しかしなおもびくびくと痙攣を続ける社員に私は優しく話しかける。

「ではこれが十五軒目だね。だがこの死体いえは私には少し狭い。もう少しゆとりのある物件はないかな?」

 その瞬間、背後の扉が開き大柄な男が鴨居を潜って姿を見せる。

「ではこの業務!! この禍死本カシモトが引き継がせてもらおうッ!!」

 禍死本と名乗ったその大柄な男は、頭に白タオルを巻き上半身裸という姿だった。そして手には巨大な金槌を持っている。ひょっとしたら大工かもしれない。

 私は禍死本の肋骨の隙間に差し込むようにナイフを投擲する。

 心臓に突き立つはずだったナイフは僅か皮下一センチで止まり、甲高い金属音をあたりに響かせる。

「クククッ……その男は昔ながらの安っぽい肉骨造だが、このオレは違う! 最新鋭の鉄骨鉄筋造!! 耐火耐震、耐刃耐弾全てにおいて隙はないぞッ!!」

 禍死本はそう言うと金槌を両手で握って振り上げ、私の頭部を目掛けて勢いよく振り下ろしてくる。私は半歩退いてその打撃を回避すると、右手を伸ばして禍死本の顔面を掴む。そしてそのままの状態で腕を振り上げ、全力で床に叩き付けた。

「ぐゥッ!!」

「強度は悪くないけど声がうるさいね。防音のことを考えるとコンクリも使った方が良いかな。不合格」


 十六軒目の内見を終えた私が部屋を出ると、周囲一帯の様子は様変わりしていた。そこにあったはずの建物がいくつも無いのだ。

「おやおや、こりゃ凄いね」

「本日ハゴ来店アリガトウゴザイマス! タウンコート鳴手川ト申シマス!」

 私に話しかけてきたのは巨大なRC造のマンションだった。こちらの注文をきちんと反映してくれている。

「予算は変わんないけど、大丈夫?」

「問題アリマセン! 敷金礼金フヨウ!! オ家賃ハアナタノ命デ一括払イデス!!」

 マンションが玄関ポーチを振り上げ、私に向かって叩き付ける。

 直撃すれば人間など粉々になって即死だろう。とはいえ構造は一般的なマンションのそれだ。私は攻撃を避けると同時にエントランスホールに潜り込む。

「出入口ハオートロック完備デス!! 若イ女性モ安心安全!!」

 ホールに入ると玄関からロックがかかり、壁一面に赤い警告灯がともる。そして私は玄関ドアを背に追い詰められてしまった。

「あれ?」

「ドウカサレマシタカ! ドウカサレマシタカ!!」

「内見させてくれるんじゃないの?」

 これではマンション内にも入れなければ、外に出ることも出来やしない。疑問点を尋ねると、マンションがガガピガと音を立てた。

「ゴ自身ノ立場ヲゴ理解下サイ!! アナタハ見ル側カラ見ラレル側ヘト変ワッタノデス!!!」


「ああ……そういうこと。OK、じゃあ私の部屋を見せてあげるよ」

 私はポケットから呪具を取り出して掌印を結ぶ。私の体内に折り畳まれた八十八つの物件のひとつ、『威都々火死火耀イツツホシホテル・デスペレイトパレス』が起動する。

 私の影が巨大化してマンションのエントランスホールを埋め尽くす。玄関ポーチをはみ出し、影はさらに巨大な掌を形取りながら鷲掴むようにマンション全体を包み込んだ。

「ハイ!? チョット待ッテクダサイ! 何デスカコレハ!? イ、イヤダ!! 新築ナノニ!! マダ築二年ナノニ!!!」

 影に飲まれたマンションが驚愕の声を上げる。だがもう手遅れだ。私は影の中から手だけを外に出して軽く手を振った。

「じゃあ、次は君の中身を見せてね?」

 その言葉と共に、マンションは内側から外に向けてひしゃげて裏返る。内は外に、外は内に。マンションはその中に収められた無数の住人や家具を撒き散らしながら押し潰されるように影の中に消えていった。

「ふふふ、素敵……これだから住宅の内見は止められないのよね……」

 十七軒目の内見を終え、次の物件に向かう。そうして私は今宵も新たな物件を求めて悪鬼羅刹の住まう街を渡り歩く。

 あるいは次は、あなたの家かもしれない――

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不動産屋のはらわた 狂フラフープ @berserkhoop

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