本編(5)

 流れてきたのは間違いなく『白洲コウセイのぶっかけラジオ』の放送だった。

 わたしはその放送を聞き、また涙を流した。


 動画サイトの会員は、動画をオフラインファイルとして使えるという。それを知ったわたしはすぐに動画サイトに会員登録をして、白洲コウセイのぶっかけラジオの放送をスマホにダウンロードした。

 スマホに入れておけば、いつでも好きな時に白洲コウセイの放送が聴けるのだ。


 家では寝る前に布団の中で放送を聴き、当時はこんな風にしながら聴いていたなと感傷に浸った。

 通勤電車の中でも白洲コウセイの放送を聴き、満員電車でもみくちゃにされながら白洲コウセイの声が聴ける幸せに浸っていた。

 イヤフォンから流れる白洲コウセイのトークに、わたしは笑いをこらえながら電車に揺られる。もしかしたら、周りの人からニヤニヤして気持ち悪い奴だと思われていたかもしれない。それでも、わたしは白洲コウセイの放送を聴くことをやめられなかった。

 白洲コウセイの放送が聴けるという幸せさえあれば、他のことはどうでもよかった。


 放送はランダム再生で聴けるようにしていた。同じ放送であるはずなのに、初めて聞いたトークがあるような気がしてならなかった。

 だから、毎回聴くのが新鮮であり、夢中になることができた。その放送を毎日聴いて過ごしていたが、飽きることは一度もなかった。さすがに仕事中に放送を聴くことはできなかったが、それ以外の時はずっと耳にイヤフォンをつけて放送を聞き続けた。


 帰りの電車では仕事のストレスを発散するかのように、白洲コウセイのトークを聴き続け、放送が聴きたいがために、同僚からの飲みの誘いも断るようになっていた。


 家でももちろん、白洲コウセイの放送を聴き続けた。食事をするのも忘れて聴き、一秒でも多く白洲コウセイのトークを聴くために、睡眠時間も削った。寝ていなくても、白洲コウセイの放送が聴けるのであれば、何の問題もなかった。


 ある日、仕事でミスをした。上司に呼び出されて怒鳴りつけられたが、わたしは何とも思わなかった。

 白洲コウセイの放送が聴ければ、どんなことでも耐えられるのだ。

 早く白洲コウセイの声を聞きたい。白洲コウセイがいれば、わたしは何でも乗り切れた。


 だんだん仕事も休むようになってきた。

 理由は白洲コウセイの放送を一秒でも多く聞いていたいからだ。

 白洲コウセイの声が聴ければ、わたしは大丈夫だった。

 食事なんて必要なかった。白洲コウセイの声が聴ければ、問題は無い。

 眠ることも無く、ずっとイヤフォンから流れる白洲コウセイの声を聴き続ける。

 白洲コウセイの声が聴ければ、何しなくても大丈夫。

 白洲コウセイの声が聴こえれば。

 白洲コウセイの……

 白洲コウセイ……

 白洲コウ……

 シラス…………




 目を開けると、わたしは病院のベッドの上にいた。

 わたしが目を開けたことで、ベッドの脇にある椅子に座っていた母親が泣きながら抱きついてきた。


 わたしの身体にはたくさんの管が通されていた。


「どうして泣いているの」

 わたしは母に語り掛けようとしたが、声は出なかった。


「だいじょうぶだよ、おかあさん。わたしはだいじょうぶ。だって白洲コウセイのこえがきこえているから……」



(完)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深夜ラジオ 大隅 スミヲ @smee

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ