毒チェス -later-

三雲貴生

第1話完結

 帰宅後50歳以上の男性には三分以内にやらなければならない事があった。


 それは『パスワード入力』である。


 書斎テレビ横パスワード『e056778899』を入力しろ。


 台所調味料棚タバスコ瓶の裏にパスワード記載。


 妻の部屋を3回ノックした後、妻にパスワードを聞け。なお妻の機嫌が悪いと聞けない事もある。


 理由わけは、老化防止や痴呆症抑止や夫婦円満など様々。


 成功者には明日への平穏。


 失敗者には多種多様の死が待ち受ける。


 事故死、爆発死、失血死、他殺、自殺、病死。


 お陰で50歳以上の男性は若者よりも元気に暮らしている。


 例えば、


 男は56歳だった。このパスワード入力も幾度となくこなしていた。最近妻を失って積極的に入力する事はなくなった。最後の10秒になるまで入力しない。ギリギリを狙うようになっていた。


 それは今日の帰宅時のパスワード問題を見るまでの話だった。


『妻からパスワードを聞いて入力してください』


「妻なら3日前に亡くなったではないか? 妻に聞きに行け! つまり妻のところへ行けと言う事か?」


 まあ潮時か。

 この世の中になんの未練もない。


 このパスワード問題を設定したのはランダムプログラム?

 それともあの世で独り寂しがっている妻が僕を呼んでいるのか?


 だが妻は生前こう言っていた。


「私は、今まで急いで生きて来ました。あなたはゆっくりいらしてくださいね?」


 妻ではない。

 では何か?


 途端に興味が湧いてきて、妻の愛用品を物色した。


 未整理の妻の遺品の中にチェスセットがあった。チェスの駒が、硝子の小瓶で出来ているものだ。


 当時の妻は嫉妬が激しく、僕が定時で帰らないだけで嫉妬していた。


 そしてチェスの小瓶の中身に毒(腹痛程度のもの)を仕込んで、僕とゲームを興じた。


 そして最初にいつも指す手があった。


「僕が黒で君が白」


「f3」


「e5」


「g4」


「Qh4#」


「フールズメイト」


『パスワードが解除されました。明日も元気に過ごしましょう』


 パスワードの解除の音声が妻の声に変わっていた。


 久方ぶりに1分残して回答した。

 もう少し生きてみようと思った。


   -了-

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毒チェス -later- 三雲貴生 @mikumotakao

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