ループX回目のパンピー俺は、普通の生活に戻りたい!
芦原瑞祥
タイムリープ
俺には三分以内にやらなければならないことがあった。
あれを阻止するために、大通りへと向かう。
その途中で、どこぞのオッサンがポイ捨てした煙草の火を消し、網戸を開けて外へ出ようとしているネコチャンを部屋の中へ押し戻して窓を閉め、自転車で配達途中のウー○ーイーツに「そこの角から小学生が走ってきますよ」と声をかけ、おしゃべりをしながら歩くご婦人二人を呼び止めて「これ、落としませんでしたか?」と訊ねる。
俺は、いわゆるタイムリープを繰り返している。途中からは何回目か数えるのをやめてしまった。
繰り返すたびに「やらなければならないこと」が増えていくし、最後のミッションをどうしてもクリアできない。
見て見ぬ振りをすればいいんじゃないかとも思ったが、その場合、もれなく事故に巻き込まれて俺は死ぬ。そしてまたタイムリープして同じ時間からやり直すのだ。
たぶん、たぶんなんだけど、最後のあれを阻止したら、普通の生活に戻れるんじゃないか。その一縷の希望を胸に、俺は今回も立ち向かいに行く。
早足で歩いていると、向かいからきたオッサンがいつもどおり火のついた煙草をポイ捨てした。これを放置すると、風で飛ばされた煙草のせいで火事が起こるのだ。
「ポイ捨ては条例違反ですよ……っと」
俺は慣れた足つきで煙草の火を念入りに踏み潰す。このままだったら放火罪に問われる可能性もあるのだから、オッサンは俺に感謝して欲しい。
次は、道路沿いの一軒家の窓から脱走を企てるネコチャンだ。左手で器用に網戸を開けようとしている。
「ダメだよー、お外は危険がいっぱいですからねー」
俺はネコチャンのお手々に指先でちょんと触れ、網戸を元通りにし、ついでに窓も閉めた。ネコチャンは脱走が成功すると道路へ駆けていく。そして、車に轢かれそうになるネコチャンを助けようと、小学生が車の前に飛び出てしまうのだ。
よし、今回もネコチャンと小学生を守れたぞ。
「ネコチャン、今日もかわいいよ!」
ネコチャンに手を振って、俺は先を急ぐ。
今度は、向かいからすごい勢いで自転車が走ってくる。背中に大きなバッグを背負った配達員だ。時間に遅れないよう焦っているのだろう。
「そこの角から小学生が走ってくるから、気をつけて!」
すれ違いざまに俺が声をかけると、彼は少しこちらを見た。その拍子に自転車の速度が少しゆるむ。
「くらえ、カニ光線!」
ふざけながら小学生の集団が角から出てくる。配達員は間一髪、ハンドルを切って衝突を回避した。
ぶつかった場合、双方の怪我だけでなく、モンスターペアレントまで出現するからな。何もないのがいちばん。
残り一分半か、少し急ごう。
小走りで先へ進むと、並んで歩くご婦人が見えてくる。俺は尻ポケットから自分の携帯電話を取りだして、二人に声をかけた。
「すみませーん! この携帯、落としませんでしたか?」
五十代くらいの二人組が立ち止まって振り返る。
「いいえー、違うわよ」
その瞬間、強風に煽られて、街灯の上部についている看板が落下した。派手な音をたてて落ちた地点は、二人がそのまま歩いていたら通ったはずの場所だった。
「うわ! 兄ちゃんが呼び止めてなかったら、わたしら看板に当たってたわ」
「ありがとうな! 兄ちゃんは命の恩人や!」
驚いて若干ハイになっている二人に「無事で何よりです。急ぎますんで!」と声をかけて、俺は全力で走った。残り一分を切っている。
大通りに出る。俺は肩で息をしながら上着を脱いだ。そろそろやってくる。
全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが!
車のクラクションや叫び声が響き渡る中、車たちの間を縫って、バッファローの群れの先頭が見えてきた。
「みんな道路から離れて!」
歩行者に注意をうながしつつ、俺は横断歩道の真ん中に立った。車側はちょうど赤信号で停まっている。
俺が上着を大きく振り回すと、リーダーらしきバッファローが視線を俺にロックオンするのが分かった。
「そうだ、こっちだ。こっちへ来い!」
上着を振り回しながら、俺はバッファローに背を向け、赤信号で停車している車列へと走った。先頭のタクシーの運ちゃんが、「おいマジか!」という目で俺を見る。
「おっちゃん、ゴメン!」
俺はタクシーのボンネットに飛び上がり、そのまま車のルーフへと乗った。走る足を休めることなく、トランクを蹴って後続車のボンネットへ。その次はワンボックスカーで飛び乗れないから、隣車線のSUVへ。
バッファローの足音が近づいてくる。前回はこのあたりでバッファローの角に引っかけられて踏み潰された。
「負けて、たまるかぁ!」
俺はSUVのルーフに留まり、先頭のバッファローが横を通り抜ける瞬間、そいつに飛び乗った。
「ブモオオ!」
振り落とそうと暴れながら走るバッファローの角をつかみ、腿に渾身の力を入れて奴の背中にしがみつく。なんとかロデオ成功だ。
あとは、人の被害が出ないようにバッファローを誘導しなければ。車なら多少は耐えられるはずと、俺はバッファローの角をひねることで歩道や住宅地に行かないよう誘導した。群れたちはそのまま先頭のリーダーについてきている。
できるだけ被害が出ないようにバッファローの群れを止めるには。幾度とないタイムリープの末に俺が出した結論は、この先にあるお城の堀にバッファローたちをダイブさせることだ。
問題は、この先の道路は堀に沿うように走っているから、どこかで左に曲がらせなければならないことだ。
堀沿いの道に入った。まばらな街路樹の向こうに歩道と短い柵、その向こうに水を湛えた堀が見える。幸い歩行者はいない。
俺はバッファローの頭を左へひねることで、堀へ誘導しようとした。しかし、牛のくせに猪突猛進するばかりで、全然曲がってくれない。俺は角をしっかりとつかんだまま、身体をバッファローの左側面に大きく傾けた。このまま突き進むと、人通りの多いところへ出てしまう。頼む、曲がってくれ!
そのとき、対向車線に4tトラックが現れた。運ちゃんは俺の意図を瞬時に理解したらしく、ハンドルを切って車道をすべてふさいでくれた。行く手を阻まれたバッファローは、唯一残された左側へと進路を取る。
目の前にお堀の水面が迫る。振り落とされたら、バッファローの群れに芋洗いにされて死んでしまう。俺は必死で角にしがみつき、腿に力を込めた。
「イーハー!」
俺はバッファローと共に水の中へと落下した。
俺はもうタイムリープしなかった。どうやらミッションをクリアしたらしい。
堀に浮いているところを、トラックの運ちゃんに助けてもらって目を覚ますと、バッファローの群れは忽然と姿を消していた。きっとトラック転生したのだろう。
車に飛び乗って破損させたから訴えられるかも、とビクビクしていたが、車はすべてバッファローのせいで壊れた扱いになったらしい。俺はしばらくSNS上で「バッファローマン」「ロデオマン」と話題になったが、それもすぐに忘れ去られた。
念願叶って普通の生活に戻った俺の目下の悩みは、三分を繰り返す間もなぜだかしっかり歳を取っていたらしく、同い年の奴らよりちょっとばかり老けてしまったことである。
ループX回目のパンピー俺は、普通の生活に戻りたい! 芦原瑞祥 @zuishou
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