スクランブル!! 三分以内に敵の爆撃機隊を撃墜せよ!!

オジロワシ

奇襲爆撃

 オスカーには三分以内にやらなければならないことがあった。


 オスカー、TACネームは[ヤタガラス]。翼下に二発のロケットエンジンと、胴体にメインのジェットエンジンを一つばかり積んだ変態邀撃機[グングニル]のパイロットだ。


『全機スクランブル!! 所属不明機が八機、我が国の領空へと接近中!!』


 けたたましいアラームにオスカーは怒りを隠せない。今宵は年明けの直前、時刻にして深夜十一時。ようやっと年越しそばを食べ始めたばかりであり、口にする寸前だった。


「年越しにこれとはツいてねぇぜ」


 怒りはジョークでも呟いて晴らす。それに、飯の恨みを抱く暇など無い。


 与圧服に身を包み、ヘルメットを片手に格納庫へと向かう。


「[グングニル]、機体に問題なし。いつでも行けます!!」

「よし、新年だからって手は抜いてないな」


 狭苦しく、視界も悪いコックピットに乗り込む。電源を入れ、エンジンに火が入る。低い唸りを響かせるタービンが、徐々に加速していく。耳障りな高音と不愉快な振動がケツに伝わり、僅かに目をすがめ意識が切り替わる。


 スロットルレバーを押し込み、出力を高めていく。そして、最大出力。


「管制塔、[ヤタガラス]出撃準備完了」

『管制塔了解。[ヤタガラス]、カタパルト固定。射出準備』


 [グングニル]にマトモな降着装置は搭載されていない。あるのはどうにか着陸時の衝撃を抑えるためのソリだけだ。ゆえに、離陸も専用の装置を必要とする。


 格納庫の天井が開き、満天の夜空が顔を出す。重々しいゲートが開く振動でパラパラと土塊が滑り落ちる。


『カタパルトレール冷却装置正常。電子コイルに電力供給開始』


 施設内の発電所からカタパルトへ莫大な電力が供給される。数十トンにもなる戦闘機を垂直に打ち出すこのカタパルトは、従来的な蒸気式ではなく電磁加速方式。レールガンとして運用も出来るように作られており、その出力は正しく桁違いだ。


『[ヤタガラス]、こちら管制塔。ロケットエンジン点火準備』

「ラジャー」


 ロケットのセーフティーを外し、いつでも点火できるよう待機状態に入れる。


『電力供給正常、射出用意』


 座席に背を預け衝撃に備える。


『カウントダウン。5、4、3、2、1......Cleared for take off』


 最後にせめて航空機らしく、という願いを込めたテイクオフのセリフと共に打ち上がる。腹にのしかかり、顔の筋肉を後ろへと置き去りにする強力なGがオスカーを襲う。


 つい意識を失いそうになるが、失っている暇はない。ロケットエンジンを点火。一回、二回と爆発音が響きロケットが火を吹く。炎の尾を引いて、流れ星は逆さまになりて空へと落ちる。


 暴力的なまでの加速は音を置き去りにし、不気味な静けさが訪れる。三つのエンジンの振動だけが、音となってオスカーの耳に届く。


 僅か一分ほどで高度一万まで登り、ロケットエンジンが強制的に停止。機首を水平に、AWACSの管制下で所属不明機へと直行する。


『こちらAWACS[シュピンゲヴェーベ]。所属不明機が見えるか』

「こちら[ヤタガラス]。所属不明機を視認した。デカいな......爆撃機だ、戦闘機も見える。進路を変えるつもりはないみたいだ、警告を実施する」

『[シュピンゲヴェーベ]了解。警告を実施せよ。領空までは残り五分だ』

「ウィルコ」


 燃料を節約するためスロットルを絞り、警戒させないよう横からゆっくりと接近する。


 尾翼のマークを見るに、共和国の機体だろうか。AWACSに所属不明機が共和国機であることと機数を報告し、呼び掛ける。


「こちら連邦空軍。所属不明機へ警告、ここから先は連邦の領空である。速やかに方位135へと変針、退去せよ」


 国際緊急周波数で呼び掛けて十秒。反応は無い。


 それどころか、前方に位置していた所属不明の戦闘機が一機、こちらの後方に回り込んでくる。


 嫌な予感がする。


「繰り返す。こちら連邦空軍。ここから先は連邦の領空である。速やかに──」


 研ぎ澄まされたオスカーの瞳は、僅かな変化を見逃さなかった。戦闘機に囲まれた爆撃機のウェポンベイが開いていく。そして、その中にギッシリと詰められた爆弾も目に映る。


 急いでAWACSへと報告する。


「こちら[ヤタガラス]!! 所属不明機がウェポンベイを展開中!! 爆弾をギッシリと抱えてやがる!! 撃墜して構わんな!!」

『こちら[シュピンゲヴェーベ]。ダメだ。明確な戦闘行動と認められない限り、攻撃は禁止』

「ネガティブ!! 相手はやる気だ!!」

『それは本物の爆弾なのか? ハッキリと分からない以上、俺達が攻撃したら問題になる。攻撃は禁止だ』

「クソッ!!」


 あと四分で領空。翼を振って警告しても反応は無い。ならば次に行うのは警告射撃だ。


 加速し、所属不明機らの正面に出る。周囲を確認し、明確に攻撃ではない位置でトリガーを一瞬引く。パラッと射撃音が鳴る。それでも所属不明機に動きはない。


 嫌にゆっくりと時間が過ぎていく。領空まで残り三分。


「──ッ?! レーダー照射だと?!」


 電子的なビープ音と機械的な警告のセリフがけたたましくコックピットに鳴り響く。


『[シュピンゲヴェーベ]!! 共和国が連邦に宣戦布告した!! 所属不明機を敵機と断定、交戦許可!!』


 AWACSの通信と共にロックオン警告。そして、後方の敵機からミサイルが発射された。


「畜生!! ブレイク!!」


 チャフ、フレアを撒き散らしながら急速旋回。どうにかミサイルを回避する。続いてバルカン砲の曳光弾が夜空に光る。半ばゼロ距離からの射撃だったが、どうにか回避できた。


『生きてるか?! 生きてるな!! 敵爆撃機隊の目標は港湾都市と推定!! このままでは民間人も巻き添えになる!! 三分以内に敵爆撃機を全機撃墜せよ!!』

「ウィルコ!!」


 スロットルをめいっぱい押し込み、アフターバーナーも全開。機体に無理を言わせて強引に曲がり、爆撃機の背後へと回り込む。


 追従して三機の戦闘機がケツにつこうと動いてくる。


「しゃらくせぇ!!」


 スロットルを引き戻し、エアブレーキを展開。操縦桿を引き急激にピッチアップ。機首を上げ、機体全体を使って速度を落とす。


 急接近した敵戦闘機は動きに付いて行けずにオーバーシュート。操縦桿を前方へと倒しつつフルスロットル。エアブレーキを格納し、ロックオン。


「FOX2!!」


 三発の空対空ミサイルが発射される。回避しきれず、三機の内二機が被弾。


 一機は翼を捥ぎ取られ、失速し錐揉みしつつ墜ちていく。

 もう一機はコックピットが吹き飛んでいる。あれはもう助からないだろう。


 最後の一機は練度が高い。ミサイルを回避し、下方から後ろへと回り込もうとダイブしている。


「逃がすか!!」


 一八〇度ロールしてケツを追い掛ける。


 敵戦闘機は今度は右に曲がり、上昇し始める。オスカーは釣られて後を追う。


 そして、機首が天を仰いだところで敵戦闘機を追い越してしまう。急接近し過ぎて咄嗟の急減速に対応できず、今度はこちらがオーバーシュートしてしまった。


「その程度で墜とせると思うなよ!!」


 ロックオンの警告。ミサイルが発射される。


 この距離ではチャフもフレアも意味が無い。だが空対空ミサイルは近接信管。破片で敵機を墜とすものだ。やりようはある。


 機体を九〇度ロールさせ、右のフットペダルを押し込み、機体を横に滑らせる。ミサイルが炸裂するも、左の主翼が僅かに被弾した程度。多少飛行能力に影響はあるがまだ飛べる。


 そのまま操縦桿を引いて半ば失速状態で反転。腹を見せて落ちていく敵戦闘機を捉え、機関砲をぶっ放す。


 二七ミリの機関砲弾が敵戦闘機の片翼を食い千切り、胴体部の燃料タンクが引火したのか盛大に爆発。散り散りになった破片が燃えながら降り注ぐ。


「っと、あぶねぇ......」


 慌てて機首を引き上げ、爆炎を回避する。破片やらをエアインテークが吸い込んでエンジンがぶっ壊れることもある。最後まで油断できない。


『こちら[シュピンゲヴェーベ]!! 敵爆撃機はあと一分で都市上空だ!! 急げ!!』

「分かってるっての!!」


 アフターバーナーを焚き、なけなしの燃料でロケットエンジンを点火。


 帰りの燃料が不安だが、背に腹は代えられない。


「ミサイルはあと一発か......まぁしょうがねぇ。FOX2」


 レーダー上の爆撃機のうち一機をロックオン。なけなしのミサイルを発射する。数秒待って、命中。反応ロスト。残りは四機だ。


「よし、見えたぞ......」


 爆撃機を目視する。機関砲の有効射程まで忍び寄り、いざ射撃しようとトリガーに指を掛ける。


 しかし、上手くはいかない。敵爆撃機から無数の曳光弾が飛んできた。


「防護銃座とはまた面倒な......」


 それでもこの攻撃チャンスを逃すことは出来ない。着実に距離を詰めていく。


 弾幕は密度を増し、コックピットの真横を掠る弾すら出てきている。


「──よしッ!!」


 HUDに表示された見越し射撃点と機首を合わせ、一瞬射撃。爆撃機のエンジンに命中。少し横に逸らして再度射撃。今度は胴体に命中し、爆撃機は真っ二つに割れて墜ちていく。


「次!!」


 先程と同じ要領で射撃。続けざまに二機墜としていく。


「よっしゃー!! これで俺もエースだぜ!!」


 などとほざいていると、爆撃機の弾幕が左の主翼先端に命中しへし折れる。


「なっ?! クッソ、油断したッ!!」


 バランスを失いそうになる[グングニル]の姿勢をなんとか維持し、今度は慎重に照準を合わせていく。


「お返しだッ!!」


 残りの機関砲弾全てをばら撒く勢いでトリガーを引く。


 数百発の機関砲弾が爆撃機に殺到し、モロに射撃を受けた敵爆撃機はズタズタに引き裂かれてしまう。


 火の玉となって墜ちていく爆撃機を眺めつつ、AWACSに報告する。


「[シュピンゲヴェーベ]、こちら[ヤタガラス]。全機撃墜」

『こちら[シュピンゲヴェーべ]。レーダー上でも撃墜を確認した。よくやった。ミッションコンプリート、RTB』

「あいよ」


 燃料欠乏の警告音を切って基地へと向かう。この高度なら、燃料が無くなっても着陸のチャンスが一度になるだけで済む。


 視界の隅で時刻を確認、時刻は深夜一二時。こんな大空で、それも戦闘中に新年を迎えてしまったようだ。


「はぁ......そば、伸びちまってるよなぁ......」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スクランブル!! 三分以内に敵の爆撃機隊を撃墜せよ!! オジロワシ @kulzeyk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ