あの夜のこと…月の夜 雨の朝 番外編 【KAC20241】

@rnaribose

あの夜のこと 月の夜雨の朝 番外編

俺には……三分でやらなければならないことがあった。


……いや、三分などというハイカラな言葉も、

そもそもそんな細かい時間の概念も当時はあまり気にすることなど無かった。


そう、「一本の線香が、まだほんの先をくすぶらす程度のわずかな時間…… 」


そう言ってもきょとんとした顔で理解できないでいる目の前の若い男。

小樽新聞の記者だと名乗る男とこうして会うのは何度目か……この若い男にも理解できるよう今風の言葉で言いなおす。


それが「三分 」


三分というとやっと納得したように手にした帳面に書きつけ、先を急かすようにこちらを見る。

「それで、杉村さん。続きを…… 」


「……ああ、あの日も今日みたいに寒い夜だった 」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


その日は十一月も半ばすぎて、夜ともいえば凍てつくような寒さだった。


先ほどまで、近所の家の者を叩き起こして無理やり上がり込んで待機場にしていた。

今は各々割り振られた配置先でやつらの現れるのを待つ。


「……おい。もし、あいつが来たらどうする? 」

抜き身の槍を抱えながら寒さにかじかまないように右手をさすっている。

その右手には銃が握られていた。


来たら、どうするって……


「来るよ、あいつは。……必ず 」


そういうどこまでも真っ直ぐなあいつのことが俺も隣にいる男も好きでいたのだった


俺は黙って四辻の真ん中に横たわる遺体に目をやった。


「……全員一人残らずれって命令、あれ本気で言ってんのかな 」槍を抱える男が呟く


まだそんなことを言っている優しいかつての友のことを知ったら……あいつはどう思うんだろう


「本気で言ってんだろうよ 」感情を消した声で返事をした。


今夜の出動命令が俺たちに出されたのは夕方になってから。

早く話せば作戦が漏れると思ったのだろう。


それから慌ただしく時間が過ぎ、正直感傷に浸る暇など無かった……



「なあ……左之助。 一回しか言わない、よく聞け 」


普段は豪胆すぎるくらいなのに

俺には無理だ、できないなどといつまでも泣き言を言い続ける原田にだけ聞こえるように声を落とす。



あいつを逃がすために使える時間……そんなに長くは無理だ。

線香がほんの先をくすぶらす程度の時間

そのわずかな時間で確実に逃がす


そんなにうまくいくのかよ?としつこい原田に「しっ 」と目で合図を送った



来た……


月の影になった北の筋から姿を現す


七人……すぐ数を確認する。


一緒に駕籠がついてきている。

辻に打ち捨てられた遺体を回収するためだろうか


駕籠の人夫は逃がしてやらないとな……



『合図を出すまでは絶対に動いてはならない。』

『気配を察知されてもいけない。』


潜伏させている隊士に、そう厳しく言い渡してある。


きっと、息をひそめながら合図を待っていることだろう




七人はあたりを伺いながらも手早く遺体を駕籠に乗せた。



俺は黙って走り出す。


合図が出るまで動いてはならないと言っておいたがそれにも限度がある


あいつだけを逃がすために……急げ



駕籠のほうを向いていたあいつが気配に気づいたのか振り返る。

振り返ると同時に、もう抜刀している


……ったく

そういうところ、魁先生のまんまだな。 変わんねぇ……


あきれたような、なつかしいような気持に一瞬、足を止めてしまった。



目が合う


「……に・げ・ろ 」声に出さず口だけを動かす



それでも刀を構えたままこちらを見ているあいつに「早くしろ!」思わず声に出してしまった


駕籠を取り囲んでいた他の連中も俺に気が付いて次々と刀を抜く。


「早く行け! 」そう言うと刀を抜きながら、わざと人員を配置していなかった東の筋を指し示す。


待機している隊士達が龕灯で遺体の乗せられた駕籠の周りを照らす

まぶしいくらいの灯りが、俺たちから駕籠を守るように立つ七人の姿を浮かび上がらせた。


もう……もう時間を伸ばせない


これ以上引き延ばしたらこちらにも無駄に手負いが出てしまう


俺は合図の手を原田に向けて上げた


こなくそがぁ……かなんだか原田が叫びながら銃を天に向けて撃った。


銃声に南と西の筋に配置していた隊士達がいっせいに七人に襲い掛かる


「東へ逃げた奴を追え! 逃がすな」

俺は叫びながらもまだ刀を構えているあいつの前にすばやく飛び込む

「……いいから早く逃げろ。 東はもう無理だ。あっちへ…… 」


「ありがとうございます……新八さん 」


初めて会ったころと変わらない爽やかな好青年という雰囲気の笑顔を見せると、俺のことをとんと軽く押した。


そのまま仲間、あいつが選んだ仲間たち……


新選組に取り囲まれ奮闘する仲間のところに走っていく

さらに隊士達が群がる


そこは……まるで




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「そ、それで? その後どうなったんですか!? 」

記者の男が書く手を忘れて話に夢中になっているのに苦笑する。



「……ああ、最近年のせいか……物忘れがひどくてなぁ。

何の話だったか……そうそう京へ着いたばかりの頃は貧乏で着の身着のままで 」


若い男はあきれたように「杉村さん……その話はもう三回も聞きましたっ! 」


「そうだっだか?……年は取りたくないもんだなぁ 」


「もう!じゃいいですよ、その話は。

来週はがむしん……なんで杉村さんが新選組時代、がむしんと呼ばれたかについて話してもらえますか。 

結構人気なんですよ、思い出しといてくださいね 」



「がむしんじゃなくて…… 」



ばかしん……なんだよ



忘れるわけない……


京都時代は色あせることない思い出であり


そして


あの夜のことが……今もこんなにも悔しくて悔しくてたまらないんだ










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