06 さよならを覆す最高の方法
タリアンは早速に、愛するテレーズ・カバリュスを釈放した。
「やったぞ!
クーデターの先陣を切ったタリアンのこのような言動を知り、民衆はテレーズを称揚した。
「テレーズこそ、
と。
かくしてタリアンはすぐにテレーズに結婚を申し込み、二人の間には娘が生まれた。
そして。
*
「テレーズ、ちょっといい?」
しばらくして。
テレーズ・カバリュスはバラスの邸宅にいた。
つまりは、愛人になった。
ローズと共に。
ローズの「獄中の愛人」だったオッシュは、
そしてローズとの縁は切れた。
だからローズは、テレーズと共に、バラスの愛人をしている。
そしてテレーズの「元」
そのうちに地方に派遣させられ、一年足らずで、タリアンは
やがて
「
零落したタリアンには、テレーズの二度目の
しかし悔しさのあまり、ローズに手紙を書いて、何とかテレーズを翻心させてくれないかと懇願した。
それをローズがテレーズに言うと、テレーズは「え、誰が?」と返した。
ローズがタリアンだと再度口にすると、テレーズは微笑んだ。
「ああ、あの人……
そこでテレーズはわざとらしく衣服をはだけながら、バラスのいる寝室に向かった。
こう言い残しながら。
「──忘れることよ」
ローズは肩をすくめながら、苦笑で応じた。
最近のテレーズはバラスに夢中だ。
バラスは
バラスもまんざらではないらしく、最近はテレーズとの回数が増え、その分、割を食ったのはローズだ。
「……ふぅ」
ローズは、ではバラスから飽きられ、その寵愛を失ったら、それを忘れるためにどうするかと考えた。
「そういえば……」
最近、バラスの邸宅に出入りするようになった、貧乏な将官がいた。
その将官はローズにご執心らしく、頻繁に手紙を渡して寄越した。
「……この恋文の主にでも乗り換えようかしら。たしか……ナブリオーネ・ディ・ブオナパルテって言ったっけ?」
そのブオナパルテなる将官が、名をフランス風の読みに変えていたことをローズは失念していた。
ただ、彼が例の
「オッシュとちがって彼は未婚。そして未来がある。バラスも一目置いている。そういう手もあるか」
ローズよりも若い
「……フフ、ひょっとしたら、その
ローズは、幼い頃に占い師から予言されたことがある。
「最初の結婚は不幸になるが、そのあとで女王以上の存在になる」
と。
それならば、今がその時ではないかと、奇妙な予感を感ずるのだ。
……ちなみにローズこと、マリー・ジョゼフ・ローズ・タシェ・ド・ラ・パジュリは、のちにそのブオナパルテと再婚する。そしてその再婚相手から、こう呼ばれる。
「ジョゼフィーヌ」
と。
*
……タリアンがテレーズを解放し、手に手を取り合って出ていった監獄に。
まるでテレーズと入れ替わるように、ひとりの男が、その監獄に叩き込まれた。
男は六十がらみで、何かにおびえるように、ぶるぶると震えていた。
「……どうしたシモン、さっさと言わないか」
六十がらみの男はアントワーヌ・シモン。
彼は、ロベスピエールの党与だったが、この
……気がつくと、シモンの独房の前に、痩せぎすで貧相な男が立っていた。
シモンは
「し、知らない。ほ、本当だあ。お、おれはただの靴屋だ、たまたまパリ・コミューンの委員に」
「御託はいい」
痩せぎすで貧相な男――フーシェは容赦なく、さっさと言えとシモンをうながした。
「死にたいのか」
「い、いや」
あえぐようにシモンは、ただ「
そして、言った相手の名は知らない──と。
「ふむ」
それを聞いたフーシェは、納得したようにうなずいた。
シモンは喜色を浮かべた。
どうやらフーシェの興味を満たすことに成功したようだ。
なら。
「……いや、君は釈放せんよ。予定通り裁判を受けて、そして死ぬんだ」
「そ、そんな。た、助け……」
「そう言った
「…………」
シモンはルイ十七世の獄吏をしていた。
そして不幸な少年王を虐待していた。
その最たるものが。
「母親と
娼婦を抱かせた。
結果、ルイ十七世は心身ともに損なわれ、
「……そうするように、シモン、君に命じた人物は誰かと追っていたが、どうやら、これ以上君から知れることはないようだ。
「そ、そんな……」
絶叫するシモンを背に、フーシェは歩き出す。
誰にも言わなかったが、彼は不幸な少年王と出会い、そして
その時から、彼はルイ十七世を追い詰めた真犯人を追っていた。
「
その聞こえるか聞こえないぐらいの呟きを残し、フーシェは監獄を去る。
やがて彼はその宿願をかなえるが、それはまた別の話である……。
【了】
さよならを覆す最高の方法 〜熱月(テルミドール)九日のクーデター、その裏側に〜 四谷軒 @gyro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます