パンツァー・フォー!バッファー・ロー!

ももも

パンツァー・フォー!バッファー・ロー!

 バッファローの群れたちには三分以内にやらなければならないことがあった。

 撮影現場に間に合うことである。

 それもハリウッド映画である。

 彼らの出番は、いずれこのサバンナを統べる王となる子ライオンが、宿敵にハメられ、バッファローの群れの前に放り出されるシーンだ。


 初めに打診があった時、バッファローの群れを率いる長兄ローは快諾した。

 心の中で「バッファローとヌーを間違えているのでは?」と思ったが構わなかった。

 バッファローといえば群れをなし、その巨躯と力強い角で悠々とサバンナを歩く動物だ。 

 だが世間的なイメージとしては、ライオンの餌という印象の方が強い。

 群れをライオンたちに襲われ逃げ回り、不幸にもはぐれたものが喰われるドキュメンタリー映像はお茶の間のテレビでよく流れるサバンナの光景であった。

 彼らが欲しいのは同情の涙ではなく、羨望の眼差しだ。

 今回の映画は、そんなバッファローのイメージを一新するいい機会であった。

 だが、肝心の場面に遅刻しそうであった。

 何もチンケな理由で遅れたわけではない。

 映画出演に異議を唱えるブラザーバッファローがいたのだ。


「ロー兄よぉ、そりゃあ俺だってバッファローの威信を高めるいい機会だと思うぜ。でもよぉ、主人公は憎きライオンだぜ? 奴らのために俺らが端役で出演するっていうのはどうにも納得いかねぇ」


 バッファローの群れの意思は統一されなければならない。それが掟だ。

 意見が違えばその都度、物理で分かりあう必要があった。

 すなわちステゴロである。

 三日三晩にわたる死闘の末、長兄ローが制し、映画出演はめでたく決まった。

 代償は大きかった。それが今の事態である。

 けれど、一度覚悟したら前進あるのみ。

 それこそがバッファローたちの生き様であった。


 だというのに、長兄ローの心には迷いが生じていた。

 みな満身創痍であった。身がボロボロであった。

 中でも蹄はひどい有様だ。

 草食動物たるもの、蹄が命である。

 もし蹄が割れようものなら、弱肉強食のサバンナの世界では命に関わる。

 撮影現場に遅刻しそう、という理由で群れ全体の命をかけていいものだろうか。

 心揺れる長兄ローの頭に浮かぶのは、撮影前に挨拶しにいった子ライオンの憎たらしい顔だった。


「バッファローの群れに巻き込まれないように、崖の枝につかまって耐えるシーンなんだけれどさぁ、はっきり言って僕、五分ももたないよ。大事な肉球がボロボロになっちゃう。だからさ、もっと時間を早めてよ」


 そうだ。本来ならばこのシーンにはもっと時間的余裕があったのだ。

 けれど主役の子ライオンの一存で、スケジュールがだいぶ早められてしまったのだ。

 しわ寄せがくるのはいつだって下っぱだ。彼のワガママな態度を思い出すたびに、きりきりと四つの胃が痛んだ。

 いっそ遅刻してしまおうか。すべてはあの子ライオンのせいなのだ。

 バッファローの群れが遅刻したばっかりに、子ライオンが待ちぼうけを喰らう姿がエンドロールに流れるNGシーン集に加わるのも悪くはないのでは。


 そうこうしているうちに、前方に崖が見えた。

 あの崖の上で子ライオンは枝につかまって、バッファローの群れの到着を待っている。

 子ライオンはきっと我らの姿を「脇役の分際で遅れるんじゃねぇよ!」という顔で見ているに違いない。

 彼の怒り顔を見てしまったら、群れの中には心が折れるものがいるかもしれない。

 それでも、前に進まねばならない。


 そして、彼らは見た。

 バッファローの目はあまりよくない。

 けれど、確かに見たのだ。


 今にもずり落ちそうになりながら、必死に枝をつかむ子ライオンの姿を。

 苦悶と恐怖の入り混じったその顔を。

 そして、血が滲んでボロボロの肉球を。

 それは、彼らが思い描いていた姿とは真逆であった。


 ――そうだったのか。


 ローはすぐさま理解した。

 子ライオンにとって物をつかみ続ける、という行為は非常にむずかしいのだ。

 よくよく考えれば当たり前の話だ。

 四足歩行をする動物にって前足は歩くためのもの。サルたちの手とは根本から違う。

 けれどあの子ライオンは、幼いとはいえ百獣の王たるプライドゆえに、できないとは言えなかったのだ。

 それにしても、あの肉球だ。

 撮影が決まった時から、枝につかまる練習をしていたのだろう。枝をつかんでは落ちるをひたすら繰り返す姿が浮かんだ。


 ローは恥じた。その想いは群れ全体に瞬時に伝わった。

 彼らにできることは、一瞬でも早く子ライオンの元へ馳せ参じることであった。


「おめぇら、全速前進で行くぞ!!」

「「バッファー!!!」」

「遅れるんじゃねぇぞ!!」

「「ロー!」」


 サバンナの大地を蹄で踏み荒らし、砂埃を巻き起こしていく。

 運悪く前を歩いていたハイエナたちを吹き飛ばす。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローたちの群は止まらなかった。

 その光景はまるで、黒い嵐のようであった。


「パンツァー・フォー!」

「バッファー・ロー!!」

「パンツァー・フォー!!!」

「バッファー・ロー!!!!!」

「進め!」

「我らが!」

「進撃の!」

「バッファローズ!!!!」


 蹄にヒビが入ろうとも、その目は前だけを向いていた。

 目的の地に向かって、雄叫びを上げながら彼らは前進した。

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