砂時計の挑戦

季都英司

存在意義をかけた砂時計の三分の挑戦

 砂時計の彼には三分以内にやらなければならないことがあった。


 もちろん砂を落とし、時を計ることである。

 かように言うと、簡単なことと思われる諸兄もいるかと思うが、そんな気楽なものではない。

 砂時計たる彼にとって、これは存在意義をかけた勝負なのである。

 次こそは三分以内に砂を落としきらなくてはならない。持ち主を前に彼はそう固く誓っていた。 


 彼は三分計だ。すなわち砂が落ちる時間が三分で落ちるとされる砂時計だ。

 中央がくびれたガラスの器の中に、赤に着色された砂が片側に満たされているタイプ。

 しかしいかんせん、砂時計である彼は時計としての精度が低い。

 他の機械式のやつらのように水晶発振だの電波制御だの、近代的な計測機能は持ち合わせていない。彼の基準は砂の落ち具合。それだけだ。

 砂の落ち具合によって、1秒から2秒の誤差がどうしてもでてしまう。

 彼が砂を落とす平均時間は3分1秒。

 わずかに三分を超える。


 この決意のきっかけは彼が砂時計としてこの家にやってきたあの日。

 彼の持ち主は、まだ幼い少女であった。

 少女は、親にねだって買ってもらった砂時計を大事そうに抱え、家に持ってくるやいなやパッケージを開封し、自分の部屋の自分の机の上に置き、まさに時を計るべく砂の入った側を上に置いた。


「お母さん、この砂ってどれくらいで落ちるの?」

 少女が問う。

「これは三分計だから三分で落ちるはずよ」

 母親が答える。

「ふうん」

 そう言いながら、興味深げに砂時計をながめる。

 砂はゆっくりと細く中央のくびれを滑り、器の下に落ちていく。

 その時間はまさに時を眺める光景。それが砂時計の良さであると彼は自負していた。

 その眺められている間、彼は誇りを持って少女の視線を受け止める。

 そしてしばらくして、砂がすべて落ちると少女はまた彼をひっくり返し、時を眺める。そんなことを何度も繰り返した。


 しばらくして少女はこんなことを言い出した。

「そうだ、ほんとに三分で落ちるのか計ってみようっと」

 そう言うと、少女はどこからかストップウォッチを持ち出してきた。

 砂時計の彼はどきりとする。なんてことを言い出すんだとすら思う。声が出せれば、そんなことをやめろと言い出したに違いない。


「よーいスタート」

 少女は、砂時計をひっくり返すと同時にストップウォッチのボタンを押す。

 砂が落ちきったところでサイドボタンを押した。

「あれえ?」

 少女が不思議そうに声を出した。

「3分2秒だって、お母さん。三分じゃないよ」

「砂時計は少しずれるからね」

 その母親の言葉に、砂時計の彼は心を突き刺されるようだった。

 時計にずれるという言葉は禁句だ。

「もう一度計ってみようっと」

 少女はまた同じことを始める。

「3分1秒だ。やっぱり三分超えちゃってるね。おっかしいの。壊れてるのかな」

 彼は傷ついた。買ったその日に壊れてると言われるほど商品として厳しい言葉はない。


 そのあとも少女は何度も砂時計を時計で計る不毛なことを繰り返し、ようやく飽きたようでストップウオッチを置いた。

 砂時計の彼は正直ほっとしたが、次の瞬間少女が恐ろしいことをつぶやく。

「明日また試してみようっと」

 待ってくれ! またこんな公開処刑にも似た苦行を明日もやるというのか!?

 やめていただきたい! と叫びそうだった。

 砂時計は単独で使ってほしい。ある意味インテリアでもあるのだから、時間の正確さで責めるのはやめてくれ、そんなことを思った。


 少女が母親の元に行き部屋を離れたあと、砂時計の彼は考えた。

 このままではいけない。時計としての尊厳を取り戻さなければならないと。

 どうすべきか悩んだ。

 やはり、正確な時刻を刻まねばならない。

 三分計であるのだから三分で時を刻まねばならない。

 あと1秒を縮めるのだ。

 そのためにはどうすればいいか。彼は時計人生で初めての問題に必死で考えた。

 簡単なことではもちろん無い。

 自分が計るのは砂だ。砂には個体差がある。

 小さな粒の一つ一つが均等ではなく、ばらつきがあり、また粒も角があったり無かったりで、それが組み合わさった時のずれを生むのである。


 最後に出た結論は一つだった。

 砂の組み合わせを最適化しよう。

 落ちやすいように砂を並べることで、落ちる際のなめからかさを増し時間を短縮するのである。

 これは天啓だった。

 自分は砂時計であることに甘えて、正確さなどこれまで求めなかったのだから。怠慢だったと反省する。

 自分はよい持ち主のところに来たと思い直した。これは神が自分を成長させるために与えた試練であるとすら考えた。


 勝負は明日だ、この一晩で最適な組み合わせを思考しよう。


 そして次の日、勝負の時だ。

 いつ来るかわからないそのときを、少女を待ちながらじりじりと耐える。

 その間も、もちろん最善を検討することを怠らない。


 そして少女がやってきた。

「今日も計ってみようっと」

 ストップウォッチを手に少女が現れる。

 そのときが来たと砂時計の彼は構える。

 さあ、勝負だ。


「スタート!」

 少女が砂時計をひっくり返す。

 砂時計の彼は、返されながら想定していたとおりに砂を配置する。まずは計算通りに砂を配置することが出来たことにほっとする。おそらくは自然に出来ただろう。

 

 砂が落ちはじめる。

 よし、と砂時計の彼は意気込む。

 昨日よりもなめらかに砂が落ちていく。コンマ単位の話だが砂の落ちる速度が上がっているのがわかった。


 1分経過。

 どきどきしながら自分の中の砂が落ちるのを確認している。

 砂はなめらかに落ちていく。

 少女もじっと自分を見ている。


 1分30秒経過。 

 順調だ。わずかに砂を落とせた量が多い。

 砂時計の彼はほくそ笑む。

 これなら思い通りにいけそうだ。


 2分経過。

 砂時計の彼は違和感を覚えた。

 思っていたよりも、砂の落ち方が鈍化している。計算ミスか?

 それとも少女の返し方でずれが生じたか?

 このままではわずかに三分を超えると感じていた。

 彼は焦る。もうしくじるわけには行かない。


 2分30秒経過。

 だめだ。このままでは負ける。

 彼は、この場で緊急に砂を組み替えることにする。落ちる流れを利用して砂がひっかからないように組み替える。

 難度の高い荒技だ。

 しかもここに来て失敗は許されない。


 2分45秒経過。

 砂の組み替え作業を必死で行う。

 少女に不自然にならないように組み替えるため、どうしても時間がかかる。

 終わるだろうか、不安が彼を襲った。


 2分50秒経過。

 なんとか考え得る組み替えは完了した。

 あとは祈るだけだ。

 彼の計算上三分ちょうどになるかは微妙なラインだった。ほんの少しのずれで1秒をカウントされてしまいかねない。


 2分55秒経過。

 上の器に残された砂はわずか。

 少女が楽しそうに状況を見守る。

 ストップウォッチにかけた指に少し力がこもる。

 あるとすれば、彼の心臓は張り裂けんばかりに鼓動していたことだろう。


 2分59秒経過。

 最後の砂が赤い線となって中央のくびれを落ちていく。

 砂時計の彼は心から祈る。

 早く落ちてくれと。重力のいたずらでもかまわないからと。


 砂が落ちきった。

 赤い砂が下の器にすべてたまっていた。

 少女がストップウォッチのボタンを押した。


 少女と砂時計の彼は同時にストップウォッチの表示を見た。


 『3分00秒』


「ぴったり!」

 少女が歓声を上げた。

 よっっしゃあああああああああ!

 砂時計の彼も歓声を上げる。

「ほんとにこの子、三分計だったんだね。すごいね。やればできるんだね」

 少女が彼の心を知ってか知らずかそんなことを言った。それでも彼には十分だった。

 彼の矜持はこのとき守られたのだ。

 

 それからというもの、少女が砂時計の時間を計ることはなかったが、時々彼をひっくり返しては三分を計っている。

 彼はインテリアだけではなく、時を計るものとして使われているのだ。

 

 彼は砂時計である。

 そして時計である。


 砂時計の彼には三分以内にやらなければならないことがある。


 それは砂を落とし、三分の時を計ることだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

砂時計の挑戦 季都英司 @kitoeiji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ