【KAC20241】タイムリミットは3分

オカン🐷

3分の壁

 ルナには3分以内にやらなければならないことがあった。

 1歳になる長男ハヤトが姿を消した。

 大富豪の懸念することは子どもの誘拐だった。

 子どもの姿が見えなくなってどう対処したかでその後が決まる3分間ルールがある。


「ああ、どうしましょ。私がトイレに行かなければこんなことにはなっていなかったのに」


 ベビーシッターのサトリは顔色をなくしていた。


「大丈夫、まだ3分たっていないから」


 ルナは自分を落ち着かせるように悠長な口調で言った。


「ハヤトー」


 子ども部屋の中に呼び掛けても何の反応もなかった。

 ハヤトのベッドの下を覗いても、おもちゃ箱をひっくり返してもハヤトはいなかった。


 そのとき、廊下でキュルキュルとキャスターを押すような音がしたのを聞き逃さなかった。

 ルナは慌てて後を追う。


「どうした? ハヤトいないのか」


 夫のカズが心配そうにルナの顔を覗き込んだ。


「カズさん、あのランドリー屋の白いバンを追って」


 ガードマンに門の扉を閉めるように言ったらよかったのだが、ルナはパニくっていて白いバンだけは見失うまいと前方を睨んでいた。


 門を出るときにガードマンに誘拐があったことだけを手短に伝えた。


 白いバンはやがて大きな通りに出て結構なスピードを出して走っている。逃げ切れるつもりでいるのだろうか。


「あの車、やっぱり怪しい。だってランドリーの回収は水曜日のはずなのに、今日は木曜日」


 カズの車がぴったりと背後についた。

 信号でスピードを緩めたバンの真ん前に、進路を塞ぐようにSPの車が割り込む。


「バンがバックしてくるかもしれないから、ルナちゃんシートベルトして身を屈めて」


 バンの荷台に乗り込んだカズは首を振りながら戻って来た。


「ハヤトはいなかったよ」

「うそ。ランドリーボックスもよく調べたの?」

「うん、バンの中もくまなく探したよ」

「そんなあ」


 失意のままに邸宅に戻ると、サトリが期待を込めた表情で出迎えてくれた。


「坊っちゃん、見つかりましたか?」

「いなかったの」

「そんなあ」


 サトリの涙は留まることがなかった。

 ルナもそれが不吉だと思うのだが、やはり涙を堪えることが出来なかった。


 二人は子ども部屋に戻り、床に座り込んだ。


 そのとき、リネンなどを入れてある棚のバスタオルがゆらゆらと動いた。


「キャー」


 ルナとサトリは手を取り合い飛び上がった。


 バスタオルとバスタオルの間からハヤトが顔を覗かせた。


「ばあ」

「良かった。ハヤト一人でかくれんぼしてたのね」




       【了】

 




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