Three Minutes works.

メイルストロム

Three Minutes

 人形師maestro de los títeresであるリヴラには、三分以内にやらなければならないことがあった。



 ──それは記憶の整理である。


『一つ、リヴラという人物について説明をさせていただきましょウ。もし彼女の事をご存じの方ハ、今の内にお手洗いへ行くことをお勧め致しまス。それ以外の方は暫シ、お付き合いを願いますネ──』


  ──彼女は決してメジャーとはいえない、この人形師maestro de los títeres界隈において最も有名な人物である。しかしその素性を知る者は居ない。

 辛うじて判明しているのは『リヴラ』が女性であり、極度の人間嫌いであるという事だけ。その証拠に、作品の販売は常に代理人を通して行われており、連絡手段は完全非公開となっている。また代理人も彼女を直接見たことがないらしく、ヨルと呼ばれる弟子としか会ったことは無いと言う。

 故に『リヴラ』は個人を指すモノではなく、人形作家の一団を指し示しているのではないか? と疑う者すら出る始末であった。他にもこの手の与太話はあるが、そのどれにも彼女が興味を示すことはない。

 これは彼女にとって人形師maestro de los títeresは趣味でしかなく、『人形師maestro de los títeresリヴラ』がある種の偶像である事に起因する。


 ──そんな彼女が何故『記憶の整理』を『3分以内に』行うのだろうか?


『さぁどうしまス? 私の口から伝えるのト、彼女の口から直接語ってもらうのハ、どちらがお好みですかナ──』

「──先程から誰とお喋りをしているのですか、ディオレ」

 ……私は基本的に彼らを自由にさせていますが、その中でも特に自由なのが彼です。私がディオレを綴ったのは二百年程前になりますが、不思議な事にその自由さは年々増しているのです。


『さァ? 本の中から覗き見ていル、名も知らぬ者達ですからネ。いつもの様ニ、好き勝手やらせてもらっておりますガ……それよりもよろしいのですかナ、お仕事の方ハ?』

「特に問題はありませんよ。元々こちらがメインですし」

『コチラ、というのハ?』

「記録係の他にあるとお思いですか」

 皆様には想像し難いとは思いますが、私──リヴラは複数体存在しています。全てが同一規格であり、身体的構成及び特徴は変わりません。 ……最近は一部の個体が髪型を変えたり、身体の一部を増大させたりもしているようですがそれは差異の範疇です。また学芸員キュレーターを自称する者も在りますが、基本的な業務内容に変わりはありません。

 私達は『他人の記憶を整理して記録し、保全する』為に創られたモノ。人のカタチを模した記録機械でしかないのです。


『では何故貴女ハ、あの女を弟子に取っているのですカ?』

「人の熱意を直に触れてみたい──そう思ったからですよ」

『ンー、よくわかりませんネ。その熱意だって何時までも続くモノではないというのニ、理解出来ませんヨ?』

「別に理解する必要はありませんよ。私がそうしたいからそうしているだけですから」

『まァ、確かにそうですガ……やはり貴女は変わりましたネ。仕事一筋で人間味のない機械Machineかと思っていた頃が懐かしイ』

「否定はいたしません」

 仕事一筋で人間味のない機械Machineというのが本来あるべき姿なのでしょう。しかし残念な事に、その頃にはもう戻れないのです。

 これはいつかどこかの私が、うっかりとやらかしてしまったが故のイレギュラーでした。なにが切っ掛けだったのかは判りませんが、偶然にも自我を芽生えさせた個体が在ったのです。その個体をリヴラ原型Originとしますが──今ではどの個体が原型なのか、知る術がありません。とかく、原型Originが自我を宿したまま同期してしまったが為に私達は生まれたのです。


「──変わったと言えばディオレ、貴方も随分と変わりましたね」

『人間に成長限界はありませんかラ! これからどうなっていくのカ、私自身もワクワクしているのですヨ?』

 彼の硬質なイントネーションと、ラジオノイズにも似たガサつき声は生前から変わりません。けれどその在り方は随分と変化していました。持ち前の好奇心と行動力で次々と新たな知恵を身に着け、その果てに実体を得るなど誰が想像できた事でしょう。

 ただ、そうしてまでやりたかったことが『深夜のインターネットラジオ放送』というのは驚きました。どんなものかと思い、何度か拝聴しましたが──ウェットに富んだトークが心地よく、話の構成も上手いのです。なので致命的な不祥事を起こさない限り、目を瞑ろうと考えています。


『──そんな事よりもリヴラ。前々から疑問に思っていたのですガ、貴女は何故に3分間という縛りを課しているのでス? 人生はインスタント麺ではなかったはずですガ』

「それは理解しております。ですが一生を纏めるのならそれくらいが丁度よい時間なのですよ、ディオレ? 貴方のように、人は語ろうとすればいくらでも語れる生き物です。しかし語りが過ぎれば本質から離れてしまうし、かと言って短くまとめ過ぎても本質は伝わらない」

『だかラ、3分間という縛りを課しているのですネ……成る程、面白い考え方をお持ちダ』






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Three Minutes works. メイルストロム @siranui999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説