それは時間との勝負

京高

間に合え三分

 山田慎太郎には三分以内にやらなければならないことがあった。


 湯を沸かしたばかりのケトルの口からは細く湯気が立ち上っている。しかし熱せられて沸き立っていたその中身の大半は既に別のものへと注がれた後だった。


 単身用の小さなキッチン、ケトルの置かれた電気コンロとは流しを挟んだ反対側の狭い場所に、カップ麺の容器が鎮座していた。

 蓋の上に重し代わりの小皿が載せられていることからも分かる通り、既に包装フィルムが外されているどころか、規定量まで湯を入れられて完成を待つばかりとなっていた。


 その段になって、慎太郎はようやく気が付く。


「ネギが足りない……!?」


 と。

 どうでもいいと言うなかれ。大のネギ好きの彼にとってはカップ麺に付属している薬味だけでは到底足りえるものではなかった。むしろあれは単なる香り付けでしかないすら思っているほどである。

 なお、インスタント食品はそうした一手間を加えることで、抜群の美味さを発揮することもあるので意外にも馬鹿にはできないことだったりする。もちろん魔改造は除く。


 それはさておき、慎太郎のネギである。こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎているのだ。

 急いでこれまた単身用の小さな冷蔵庫を開けて常備してあるネギを取り出す。そこまでネギ好きならあらかじめ切って保存しておけばよいだろうと思うかもしれないが、「食べる時に準備するのが新鮮で美味い」と謎のこだわりを持っていたのだった。


 乾燥防止の袋から取り出して流しで水洗い。吊り下げタイプの調理道具棚からまな板と包丁を取り出す。「ふう」と軽く息を吐き、目にも止まらぬ早さ――だと本人は思っている――でネギを小口切りにしていく。


 確かに軽快なリズムで動き続ける包丁は心地良くはある。

 が、その一方で転がったり飛んだりと狭いキッチンのあちらこちらにネギが散乱していた。よくよくまな板の上を見てみれば、切断が甘く繋がっているものもある。

 時間を優先して丁寧さを置き去りにしてしまった末路だった。食後の片付けの際になんとも言えない気分になりそうだ。


 そんな調子で集中することしばし、まな板の上にはこんもりとしたねぎの山が出来上がっていた。アラームをセットしていたスマホは未だ沈黙を保っている。

 間に合った。にんまりと笑みを浮かべた慎太郎だったが、直後にその顔が驚愕に彩られることになる。


「なん、だと……!?」


 彼の視線が捉えていたのは重しの小皿の陰からはみ出したカップ麺の蓋だ。そこには「お湯を入れて五分」の文字が躍っていた。


 そう。「カップうどん」は太めの麺を使用しているため、通常よりも待ち時間が長かったのである。


 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ!


 ネギが散らかるキッチンに、フライングとなってしまったアラーム音だけが虚しく鳴り響いていたのだった。

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それは時間との勝負 京高 @kyo-takashi

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