朝起きたら男の娘にされていた件

綾森れん@初リラ👑カクコン参加中

朝起きたら男の娘にされていた件


 俺には三分以内にやらなければならないことがあった。

 いま現在の俺は、なぜかピンクのフリフリネグリジェ姿でベッドに腰かけている。言っておくが俺は正真正銘の十六歳男子だ。

 これからダッシュで着替えて、皇帝陛下と謁見せねばならない。


 俺はこのレジェンダリア帝国を魔神アビーゾの手から救った英雄として今日、皇帝陛下から表彰され、トロフィーを受け取ることになっている。


 しかし今朝、俺は寝坊した。

 時を告げる教会の鐘で目を覚ましたとき、すでに陽は高く昇っていた。

 早朝の鐘で一度、起きた記憶がある。もうちょっと、あたたまってから着替えようなどと思った結果、二度寝したらしい。


 鐘の音を聴くうちに、昨日のことを思い出してくる。

 表彰の前夜祭だとか言って姉が祝いの席を設けてくれたのだが、途中から酒が入った彼女と、俺の婚約者が悪ノリしだして、俺を女装させたのだ。

 着替えてから寝ればよかったのに、めんどくさがり屋の俺はそのままベッドにもぐりこんだ。


 そして今、時間がない!


 空を飛んで皇宮へ行くつもりだが、それでもあと三分で支度を完了せねばならない。


 クローゼットを開け放ち、いつも履いている白いズボンをハンガーから引っ張り出す。

 とりあえずこいつを履いて、ネグリジェの長い裾を押し込む。魔眼牛カトブレパスの革で作ったベルトを締めて、ここまで一分。


 部屋の角に置いてあるポールハンガーから白いマントを取って羽織る。前を合わせて聖石の留め具で押さえ、中に来たヒラヒラピンクのネグリジェを隠す。ここまでで二分。


 残り一分。余裕だな、と思って髪をかき上げると――


「ツインテールにされてる!?」


 頭に手をやると大きなリボンが二つ付いているようだ。


「くそっ」


 毒づきながらリボンをはずす。両手にピンクのリボンが落ちてきたが、髪型は変わらない。

 手のひらで確認すると、編み込みしたあとでツインテにされているようで、リボンはただの飾りだった。


 残り三十秒。鏡のある洗面台まで行く暇はない。俺の部屋は男子の寝室だから、鏡など存在しないのだ。


 仕方がない。俺は銀髪をうしろでひとつにまとめ、ピンクのリボンで結んだ。


 大丈夫。頭のうしろだから、皇帝陛下にリボンは見えないもんな。


 俺は鏡を見ることなく、窓から飛び出した。まさかこれが大失敗のもとだとは知らず――


 飛翔魔法を操り、窓から皇宮に入る。謁見の間にふわりと降り立つと、居並ぶ重臣やら騎士やらが、


「おお! 今日もお可愛らしい!」


 と歓声を上げた。


 あれ? おかしいな? 今日もかっこいいって言われたのかな?


 壇上を仰ぎ見ると玉座には誰も座っていない。なんとか間に合ったようだ。


 やがて、

「皇帝陛下のお成りー!」

 という声がかかり、ご本人が登場した。


「ジュキエーレ・アルジェント、そちの活躍、見事であった」


「ははっ、ありがたきお言葉!」


 俺は陛下の前にひざまずき、こうべを垂れる。

 俺の左右には、少し離れているとはいえ偉そうな貴族連中が並んでいる。

 一見、陛下の前でかしこまっているように見えるが、竜人族である俺の尖った耳には彼らのささやき声が聞こえてきた。


「アルジェント卿、かわいいなあ」

「ふんわりチークが似合ってますわ」

「まぶたに乗せた銀色の粉も美しいですね」


 あれれ? 誰の話してるんだ?


「銀髪にピンクのリボンが映えるなあ」

「まつ毛長いし」

「ローズ色の口紅が色っぽくて惚れてしまいそうだ」


 口紅!?

 そういえば昨日、姉貴のやつ自分の化粧道具で俺の顔にいたずらしてなかったか!?


 背中を冷たい汗がつたってゆく。

 俺は口紅をつけた顔で陛下の御前に姿を現してしまったのか!!


 ショックで目の前がぐらりと傾いた。


「キャーッ!」

「モンスターが現われたぞ!」

「なぜ帝都に!?」


 いや違う。傾いたのは俺の視界じゃない。窓から飛来した巨大な鳥型モンスターが謁見の間に着地したせいで、振動を感じたのだ!


「はぐれモンスターだ! 瘴気の森からやってきたんだ!」

「騎士団、前へ! 陛下をお守りしろ!」

「いや、今ここには英雄ジュキエーレ・アルジェント殿がいらっしゃる!」


 人々の視線が俺にそそがれた。


「ん? あの男装美少女が戦える――のか」

「だろ? 魔神アビーゾの手下をほふった勇者という話だ」

「いやむしろ守ってあげたい」

 

 なんだか変な空気になってきた!

 ここは俺がかっこよくモンスターを倒して、姉のいたずらで化粧されちまっただけで本来は、おとこの中のおとこだってことを知らしめるんだ!! 


「来やがれってんだ、怪鳥め!」


 俺はゆらりと立ち上がり、腰の聖剣を抜いた。


 対峙するのは一つ目の真っ黒な鳥だ。鋭いくちばしを高い天井に向け、身も凍るような叫び声を上げた。


 逃げ惑う貴族たちを横目に俺は走り出す。


 怪鳥は黒い羽をばたつかせたかと思うと、鋭い風の刃を幾本も生み出した。


「邪魔だっ!」


 走りながら聖剣で叩き落とす。軌道をれた刃が俺の頭上をかすめて飛んでいく。

 ピンクのリボンがはらりと地に落ち、自分の銀髪が肩にかかった。


 くそーっ、鳥め!! ツインテ復活しちゃったじゃないか!


「か、かわいい……」


 禿げた大臣がつぶやいたのが聞こえて、俺は真っ赤になった。

 てめぇらは早く逃げろよ! バトルを観戦してるんじゃねえ!


 俺は聖剣を構え、鳥の一つ目をねらって跳躍した。


「ギョエェェェ!」


 怪鳥が耳障りな声を上げ、また風の刃を飛ばす。


「ハンッ、俺の聖石には防御魔法が付与してあるんだよ」


 よけるまでもねえ。


 と思いきや、舞い上がったことでマントの前がふわりと開いてしまった。


「ご覧なさいませ、皆さま! アルジェント卿、マントの下はフリフリピンクでございますぞ!!」


 興奮した貴族の声が聞こえてくる。


 ちきしょーっ! 逆恨みかもしれねえけど許さねえぞ、この鳥!


 気が散った瞬間、鳥の攻撃が魔眼牛カトブレパスのベルトを切り裂いた!


「きゃっ」


 俺は空中で思わず声を上げる。


 白いズボンがするぅりと下がり、大理石の床へと落下した。

 ネグリジェの裾がふわりと広がる。


「おぉぉぉっ!」


 何を喜んでいるのか、貴族たちの間にどよめきが起こった。


 でかい鳥と戦うために舞い上がり風が起こったせいで、今やマントもすっかり背中に流れ、俺は銀髪ツインテにピンクのフリフリネグリジェで戦う事態となっていた。


「なんとしても貴様を倒すっ!」


 空中から鳥めがけて聖剣を振り下ろそうとしたとき、敵が黒い翼を広げた。

 また攻撃が来る! 防御結界を張ろうとした俺の前で、鳥は黒い羽を上下に揺らし始めた。

 さきほど風の刃を飛ばしたときとは違う、優雅な動きだ。


「ん? 何をしてやがる?」


 しかもその場でくるくると回転する滑稽な挙動に、俺の目は点になった。


「あれは求愛ダンスだ!」


 誰かが叫んだ。さすが居並ぶ貴族ども、学識がある。


「なるほど、アルジェント卿があまりに愛らしいから、交尾行動を望んでいると」

「さすがジュキエーレ・アルジェント様。モンスターさえ篭絡ろうらくする愛らしさ!」

「きっと魔神の部下とやらも、アルジェント卿に惚れてしまったんだろうなあ」


 違う! 違うのに!!


てつけーっ!」


 俺は怒りのあまり、求愛ダンスを踊り続ける怪鳥を氷漬けにした。


「おお、これで瘴気の森に帰せるのう」


 うしろからのんびりとした皇帝陛下の声が聞こえる。


「やはり女の子は優しいのう。凍らせるだけでとどめを刺さぬとは」


「陛下、俺は女の子じゃないんです……」


 俺の涙声は、皇帝の次なる命令にかき消された。


「騎士団長よ、部下たちを使ってこのモンスターを瘴気の森へ運んでやりなさい。心優しいジュキエーレたっての望みだ」


 望んでないっ!!


 その後の表彰式で俺が、強いだけでなく慈愛に満ちた美少女として称えられたことは言うまでもない。


 なんでこうなった!!



 ─ * ─




 「頑張れよ、ジュキエーレ」と彼の肩をたたいてやろうという人は、ページ下から★を押して行ってね!


 かっこいい男になりたい美少女系男主人公ジュキエーレが活躍する本編『精霊王の末裔』もよろしく!!

https://kakuyomu.jp/works/16817330649752024100

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