第2話

♢♢♢


 数か月後、僕は渋見駅前のスクランブル交差点の真ん中で、思わず足を止めた。大型の液晶モニターに映し出されていたのは、地下室に捕らえられていた男だったからだ。


「よかった……。ボスに殺されなかったんだ」


 僕はほっとして液晶画面のインタビューに見入った。


『一夜にして大富豪になった気分はいかがですか?』

『最高です。ですが、大富豪になる、と分かっている前夜の気分にはかなわないでしょうね』


『ははは! うまいですね! 宣伝ですか』


『いえいえ、真理ですよ。どんなすばらしい出来事も、前夜の気分にまさるものはないのです。結婚前夜の缶詰のおかげで、誘拐・殺害前夜から生還できた僕が言うのですから、確かです!』


『ええ? それはどういうことなんですか?』インタビュアーがわざとらしく驚いてみせる。


 彼は前夜缶を手に持って、アピールしながら話し始めた。


『殺害される直前、絶体絶命の気分だった私に、犯人は結婚前夜の缶詰を吸わせたんです。幸福な気分のまま、殺してやる、と、そういう約束だったからです。


そしてその時、犯人も何かの前夜の缶詰を開けて、私と乾杯したのですが、その缶詰の気分を吸ったとたん、犯人はぐったりとして倒れてしまったんです。


ああ、もちろん、一時的なもので、警察に逮捕後、すぐに元通りになったそうです。前夜缶は危険なものではありませんから』と、さりげなく安全性のアピールをすることも忘れない。


『犯人とは逆に、私は幸せな気持ちと今後の生活への展望がパアッと開けたような、そんな素晴らしい気分になりましてね。犯人が意識を失ったことも幸いでした。


自力で監禁されていた地下室を脱出し、警察に駆け込んだのです。犯人は逮捕され、有罪判決がくだされました。そして犯人からの慰謝料として、その場に残されていた缶詰や前夜缶製造機をもらって、今に至る訳です』


『おお~! なるほど。前夜缶が命を救ったんですね!』


『前夜缶はあらゆる気分を体験することが出来ます。私の誘拐殺害前夜缶も販売許可がつい先ほどおりました。安全な場所に居ながらにして、最高の恐怖・ほんのわずかにまじる希望のスパイス! 唯一無二の気分を味わってみませんか?』


 なんだか聞いたことのある宣伝文句だ。僕はやれやれ、と肩をすくめて、スクランブル交差点を渡り始めた。

 インタビューはまだ続いている。


『誘拐犯には共犯者がいたとか?』

「ん?」


 僕はギクッとして、おそるおそるモニターを見上げた。


『そうなんです。共犯者は私が殺される予定の朝、消えてしまったんです。私を見捨てて』

「えっ! な、何を言ってるんだよ……」


 実はあの日、彼が吸ったのは、詐欺師の結婚前夜缶などではなかったのだ。


 死ぬ間際の気分が詐欺師の結婚前夜では可哀そうだと思って、逃げ出す直前に、虹色のラベルを張り替えて、結婚前夜缶とボスの大富豪前夜缶とをすり替えておいたのだ。


 だから、彼が本当に吸ったのは、ボスの大富豪前夜缶で、調子に乗ったボスが吸ったのは、詐欺師の結婚前夜絶望缶だ。入れ替わった缶詰を吸ったせいで、彼が助かったのだとすれば、偶然とはいえ……。


「僕が助けたも同然じゃないか!」


 僕の叫び声は液晶モニターの向こう側には届かない。彼は高らかに宣言した。


『ですから逃亡中の共犯者の彼に、今、ここで懸賞金をかけます。彼を捕まえて連れてきた人物に、一千万円差し上げます! もちろん捕まえた共犯者は、その後、警察に突き出します!』


「そ、そんな!」


『ただし、スタートは明日とします。なぜなら、共犯者の彼には今夜、風船百個に息を吹き込んでもらうからです。


そしてもし……、共犯者の彼が、日本全国一億二千万人の追っ手から逃げ切り、百個の風船を私のところまで持ってくることができたら、やはり一千万円で買い取りましょう! もちろん、その場合は彼は無罪放免とします。


 不特定多数の人々から逃亡する前夜の気分。しかし、もしかしたら自分が一千万を手にすることが出来るかもしれないという希望がスパイスになった素晴らしい缶詰が出来上がるはずです』


僕は呆然と液晶モニターを見つめた。彼は満面の笑みで、手で画面の下を指さしながらにっこりした。


『犯罪者または一千万円! まさにDead or ALive前夜缶、ご予約はこちらまで!』


〇〇〇〇〇@zenyaya.kakuyomu.com

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前夜屋 和來 花果(かずき かのか) @Akizuki-Ichika

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