○○に当てはまる言葉を答えよ

たかぱし かげる

問7,

「『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』の◯◯に当てはまる言葉を答えよ」


 なんだこれは、と思う。

 近衛師団昇任試験(筆記)の最終問題である。


 問6までは軍法知識を問うものや兵法を問うもの、状況判断、指揮能力を測る問題だった。『青焔12年度近衛師団昇任試験予想問題』(¥16,280-)で見たようなやつばかりで、順調だったと言っていい。


 例年通りなら最後は小論文のはずなのだが?

 あまりに『予想問題』が内容を当てるから、出題者も捻りを加えてきたのだろうか。


 なにはともあれ、解くしかない。

 動揺を鎮めつつ、問題文を睨む。たぶん、不測の事態に平静な対応をできるかどうか、測られているのだろう。


『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』え、なにこれ?

 誰が? いや、それを聞かれているのか。しかし、状況がさっぱり分からない。

 それでも近衛師団の試験なのだから、なにか兵絡みのものが入ると考えていいはずだ。


 おそらく、“三分以内”というのがミソだろう。三分というのは短いようで長い。


 たとえば戦場での判断に三分もかけていては遅い。死ぬ。兵士や指揮官は入らない、はず。


 たとえばレーションは水を入れればすぐ温まるわけで、誰がやっても準備に三分もかからない。


 後方支援か。参謀か。潜入か。爆破か。


 あれこれ想定してみるものの、あまりにもヒントが少な過ぎた。

 さすが上級昇任試験。一筋縄ではいかないようだ。


 残り少なくなっていく時間に焦りつつも、実はひとつだけ“三分以内”に思い当たるものが、ないではなかった。


 初代師団長の訓戒として近衛師団の中で密かに申し送られているそれは、誰もが知ることのできるものではなく、選り抜きたる近衛の中でも将来を嘱望された一部の者にのみ伝えられる、のだという。


 初代師団長曰く、「便器には三分以上座るな」と。

 

 ……よく知らんが、大便に時間をかけると痔になるから気を付けろという意味らしい。まあ、確かに陛下をお側近くでお守りする兵が痔ではしまらないものな……。


 しかし、本当にコレだろうか。近衛師団の昇任試験なのだが。


 違和感はあるものの、ありがたい初代師団長の訓戒である。しかも、誰もが知ることのできるものではない。上官に認められる才能があり、部隊の中で円滑なコミュニケーションを取れる者のみが知る知識を用いて解答に辿り着ける設問……と考えれば、エリートをさらにふるいにかける試験に相応しいと言えなくもない。


 そういうこと……か?


 まあ、いい。三分以内にやらなければならないことがうんこだったと仮定しよう。◯◯に当てはまる言葉とはなんだろうか。


『“大便をする人”には三分以内にやらなければならないことがあった』


 これではただ焦ってうんこしてる人だ。


『“肛門”には三分以内にやらなければならないことがあった』


『“肛門括約筋”には三分以内にやらなければならないことがあった』


 しっくりこない。

 そもそも『◯◯には三分以内にやらなければならないことがあった』という文章の文法がちょっと普通ではないのだ。普通に考えても〇〇に当てはまる言葉にはならない。


 なるほど、高い知能をも推し量る問題、ということか。

 相手にとって不足なし。


 埋めるべき文章は『〇〇には三分以内にやらなければならないことがあった』で、3分以内にやるべきことは排便、理由は痔にならないため。

 以上を全て満たす〇〇ということであれば。


『“痔になりたくない兵”には三分以内にやらなければならないことがあった』


 これだ。

 しかし、ここで焦ってすぐ回答してしまうのは低水準な指揮官の行動だ。

 設問が〇〇である以上、正答が二文字である可能性がある。もちろん、二文字にこだわりすぎるのも危険。

 それゆえ、語彙を総動員して“痔になりたくない兵”に該当する二文字の単語が存在するか否かを確認し、あれば回答、なければ“痔になりたくない兵”で回答。それこそが高水準。


 指揮官としての慎重さと果断さのバランスが測られている。


 “痔になりたくない兵”“痔になりたくない兵”“痔になりたくない兵”……二文字になるか、これ?

 それでも脳みそ全てを浚って1%の可能性を探った。


 ………………………………痔主ジヌシ


『“痔主”には三分以内にやらなければならないことがあった』どうだろうか。若干意味が変わってしまっているが。

 あと痔の人間って三分以内にうんことかできるのか? 痛くない?

 しかし痔の悪化を防ぎたければ長時間力む行為は御法度。痔って軍人の持病だから。案外みんな痔を隠して生きているのである。

 ならば尚更うんこに時間をかけて痔だとバレるのは近衛師団の恥。


 軍人としての自己犠牲が生む宿痾たる痔を悟らせない高潔な態度こそ近衛に求められる素質。キタコレ。


 最後の答えを書き込むべく回答用紙を捲ると、二百字詰め原稿用紙の回答欄が姿を現した。


 ……これは……回答は長文だという暗示か……?


 しかも小さく配当50点と書いてある。たったこの1問に試験点の1/3が乗っかっているだと……!


 いや、違う。惑わされるな。

 最後に問われているのは、冷静な状況判断に基づく決断とそれを実行する胆力。


 息を整え、原稿用紙の右上にしかと二文字の回答を書き込む。


 これが考えうる限り最良の答えだ。もしこれで落ちるのなら、自分が昇任に足る男ではなかったという、ただそれだけだ。


 残り時間は僅かである。通常の試験であれば見直しに費やすところだろうが、あいにくと近衛師団昇任試験は修正の効かないペンでの回答だった。そうして指揮官として取り返しのつかない決断の結果を受け入れる覚悟が問われているのだろう。

 書き漏らしがないことを確認すれば、自分の試験は終了だ。



 試験時間残り三分になったとき、試験官より問題文誤植により問7を差し替える旨が発表され、本年度昇任試験の主眼が不条理への対処力であることが明らかになった。

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