タイムリミット
大隅 スミヲ
第1話
椎名ソウタには三分以内にやらなけばならないことがあった。
2024年1月31日、23時56分59秒。
あと3分以内に終わらせなければ、ソウタの血と汗と涙で積み上げてきた1年が台無しになってしまう。
ソウタはこの日を迎えるために、頑張ってきたのだ。
急げ、急ぐんだ、ソウタ。
ソウタは自分を自分で鼓舞すると、エナジードリンクを一気に喉の奥へと流し込み、パソコンのキーボードを叩き続けた。
まだ間に合う。まだ間に合うぞ。
ソウタは懸命にキーボードを叩く。
しんと静まり返った薄暗い部屋の中で、カタカタとキーボードをたたく音だけが響き渡る。
ピシッ。
そんな音と共にソウタは指先に痛みを覚えた。画面から目を離し、自分の指をみつめる。
爪が割れているじゃないか!
しかし、いまはそれどころではなかった。時間が無いのだ。
残り2分45秒。
いま思い返せば、3時間前の余裕を持っていた自分をぶん殴ってやりたかった。
大丈夫っしょ。
そう言い続けていた自分をムエタイ選手ばりの肘打ちでKOしてやりたい。
あの時、お気に入りのVtuberのバースデーライブ生放送などに、うつつを抜かしていなければ……。
すべては自業自得なのだ。
バースデーライブ生放送が終わった後でも、まだ1時間の余裕はあった。
そこからきちんとやっていれば、こんなことにはならなかったのだ。
それなのに、それなのに、ついついSNSでバースデーライブ生放送の振り返りをしたり、ファンサイトでバースデーライブ生放送の感想を言い合ったり、全然関係ない柴犬の動画を見たりしていなければ……。
魔が差したのだ。
しかし、後悔しても何も起きないことはわかっている。
いまは残された時間で頑張るしかないのだ。
残り時間は、あと2分。
もう、ダメかもしれない。
諦めたら、そこで試合終了ですよ。
そんなことを言ってくれる人は誰もいない。
誰もいない部屋の中で孤独と戦っているのだ。
きっと天井に貼ってあるアイドルVtuberの青空みどりちゃんも、ソウタのことを応援してくれているはずだ。
頼む、みんな。オラに力を。
そんなことをいって両手を挙げてみたが、キーボードから手を離すということ自体が時間のロスを生んでいた。
残り3000文字。
まだ、間に合う。まだだ、がんばれソウタ。負けるなソウタ。お前ならできる。
ソウタは自分の中に入るもうひとりのソウタに励まされながら、キーボードを打ち続けた。
残り、10秒。
ああ、もうどうにでもなれ。
ソウタは最後のエンターキーを叩き、素早くマウスクリックをする。
「投稿完了!」
喜びのあまり、ソウタは叫び声をあげる。
「うるせえぞ、小僧! 何時だと思ってんだ!」
隣の部屋から双子の姉であるミズキの怒鳴り声が聞こえ、壁が蹴とばされる。
その声にソウタは怯えた顔をしながらも、時計を見上げる。
時刻は、午前0時ちょうど。
え、間に合ったよな?
ソウタは恐る恐る投稿画面を見る。
問題なく投稿はされている。
そして、カクヨムコンにも問題なくエントリーされている。
文字数を見る10万と425文字。問題なし。長編部門の規定である10万文字は突破した。よし、なんとかエントリーはクリアしたぞ!
『やっと終わったぜ、ギリギリで投稿完了』
そんな呟きをちょうど0時00分のスクリーンショットと共に、SNSへ書き込む。
しかし、みんなの反応は冷ややかだ。
なんだよ。こんな奇跡みたいなことをやったというのに、誰も祝福してくれないのか。
SNSの投稿にレスがつく。
『明日だから』
そのレスを見てソウタの頭にはクエスチョンマークが浮かび上がる。
何をいっているんだ。きょうは1月31日……いや、日が変わって2月1日だ。
あれ? そ、そんな馬鹿な。
ソウタは自分の目を疑った。
カクヨムコンの公式サイトの表示。
カクヨムコンの締め切り日は、2月1日12:00となっている。
え、日が変わった瞬間じゃないの。
それを見た瞬間、ソウタは全身の力が抜けてしまった。
応募要項は、ちゃんと読みましょうね。
タイムリミット 大隅 スミヲ @smee
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