マジで出掛ける3分前【KAC20241】

にわ冬莉

セールス

 私には三分以内にやらなければならないことがあった。


 身支度を整え、家を、出る。

 次の電車に乗らなければ、完全に遅刻だ。

 こんな日に限って昼まで寝てしまうなんて……。



 私は慌てて顔を洗い、メイクをする。

 三分しかないのだから、塗ってるうちに入らないようなテキトーメイクになってしまうが、仕方ない。描いたって描かなくたって、大して変わらないのだからこの際どうでもいいだろう。


 眉毛を片方書き終えたところで、電話が鳴る。

 何だってこんな時に!

 私は慌てて電話を取った。


「もしもし?」

「こんにちは~! 私、ミチガエリ化粧品の早川と申しますが、この度お客様だけに特別料金で我が社イチオシのオールインワン化粧品、その名も『これ一本で生まれ変わった私になる、オールインワン奇跡のクリーム』をお買い求めいただけるキャンペーンのご案内でお電話いたしました~」


 長い!

 色々、長い!


 電話になど、出なければよかったのだと思いながらも、出てしまったものは仕方ない。

 私は、今までこの手のセールスに決まって使う、技を持っている。今日もそれで乗り切ることにする。


「おかーたんは、いま、いましぇん」


 名付けて

『お留守番作戦』

 である!


 大概の場合、これで相手は引き下がる。子供相手にセールスは出来ないのだから。

 だが、今日の相手は違っていた。


「あらやだお客様、そんな可愛い声も出せるんですね! すごいです~! ……それでですね、このクリームなんですが、」


 通じてない!!


 いや、普通は嘘だとわかっても相手に合わせるものだろうに!

 早川、といったか。

 こいつ……デキる。


 しかし、だからといってこちらとて負けていられないのだ。

 私は怯むことなく、続けた。


「えっと、おはなし、わかんない」

 お留守番作戦続行である。

 だが、


「ええ、わかりました。可愛い声ですよぉ。うん。……それで、この商品の一番の売りが、」


 やめねぇのかぁぁぁぁぁ!

 私はそう叫びそうだった。


 もう、残された時間は残り一分。

 降参だ。正直に話すしかあるまい。


「ごめんなさい、ちょっと今急いでて」

 私は正直に言った。

 にも拘わらず、


「あら、そうでしたか! では、でいきますね! そしてこのクリームを塗り続けて一月経ちますと、」


 ちょっとだけ、早口になっている。


 そうじゃない!!!


 礼儀ってものがあるから、今までどんなセールスにもやったことがなかったけど、これはもう、相手をするだけ無駄だ。

 私は大きく息を吐き、告げた。

「切りますね」


 すると、


「いやぁぁぁぁ! 切らないでぇ!」

 電話の向こうから聞こえる絶叫。さすがにビビる。


「私、なんとしても契約を取らないとクビになっちゃうんですっ。お願いしますから話だけでも聞いてぇぇぇ!」


 相手も必死だ。

 しかしもう、リミッターは振り切れている。

 あとは駅までの道をどれだけ短縮できるか。走ればあと2分は稼げる。


「あの、私も困るんですっ。今日、アルバイトの面接があって、」

「ああ、お時間ない時ってありますよねぇ。そんなときにも、弊社のオールインワンクリームがあると大変便利に使っていただけ、」


 まだ続くんかーい!!


 私は電話を切った。

 そして鞄を手に、急いで駅へと向かったのだ。




 面接には間に合った。


 だが、私の眉は、片方しか描かれていなかったのである……。



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マジで出掛ける3分前【KAC20241】 にわ冬莉 @niwa-touri

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