第6話・魔賀忍法【次元転生】

  ◇◇◇◇◇◇


 熊女はダンと一緒に、武王グループが溜り場としている廃業工場にやってきた。

 工場内では、リーダーの『虎王』が数百人の武王メンバーを集めて、集会をしている最中だった。


 流水の模様が描かれた、スタジアムジャンパーを着た虎王が、武王の仲間たちに向かって言った。

「チーム武王は、今日で解散だ。新しい武王とか、新グループは作るなよ……今までありがとうな、おまえたち最高のダチだぁ……オレはアギト島の次期大統領になってやる!」


 武王メンバーの中から。

「虎の兄貴、一生ついて行きます。兄貴の次期大統領を応援します」

「オレ、バカだけれど勉強して、議員になって虎兄貴の力になります!」

 そんな涙声が聞こえてきた。

 虎王も、両目を涙でうるわせながら言った。

「いいか、おまえらオレと約束してくれ。武王が解散しても、窃盗とか暴力事件は起こすな! 真っ当に生きてくれ、オレがメギト島の大統領になったら。おまえらの生活が今よりも楽になるように、頑張るからな……それじゃあ、武王解散」


 そう言い残して虎王は、廃業工事のガラスが割れた休憩室に入った。休憩室の中にはダンと熊女がいた。

 冷蔵庫から取り出した、常温の黒い炭酸飲料が入ったビンの王冠を開けるとダンと熊女に手渡して、自分も黒い炭酸飲料を飲みながら言った。

「悪いな冷えた飲み物じゃなくて、この廃業した工事には一部にしか電気は通っていないから」


 ダンが虎王に質問する。

「虎王兄さんは、どうして大統領になりたいんですか?」

「呼び名は虎でいい、ヤシャの親父とは、水と油のような険悪な親子関係でな。孤児院から引き取られて育てられたから血は繋がっていない──家を飛び出して疎遠になっていて、最初は大統領なんてどうでもいいと思って興味は無かった……だけれど、武王の連中のコトを考えたらオレが大統領になって政策で、あいつらの生活や人生を良い方向に変えてやろうと思った」


 武王のメンバーは、それぞれが何かしらの問題を抱えている。心が荒んでいたり、家庭が貧困だったり、将来の目標を見失っていたり。


「誰かがアギト島の政治を底辺から変えて、弱い者たちを救ってやらなきゃならねぇんだよ」

「アギトの悪政政治家に利用されそうになったら? いいように利用されたら?」

「私利私欲に染まった、腐った政治家もどきに利用なんかされねえよ、派閥も関係ねぇ。オレはそんな軟弱な風見鶏な男じゃないからな」

 そう言って虎王は、ビンに入った黒い炭酸飲料を飲み干した。


  ◇◇◇◇◇◇


 ダンと熊女は!防波堤道を並んで歩く。

 ダンがポツリと熊女に呟いた。

「やっぱり、オレなんかが大統領になるよりも統率力がある、虎兄さんが大統領になった方が……」

 いきなり、熊女の平手がダンの頬に飛んできた。

 熊女が大声て怒鳴る。

「二度とそんな言葉を口にするな! 妖賀の忍びが、何人命を落としたと思っているんだ!」

「すみません……熊女さんの気持ちも考えずに」

「いや、わたしもついカッとなってしまった……平手打ちして悪かった」

 この後、熊女とダンは沈黙を続けた。

 熊女は内心。

 忍び同士の死闘は、世界で一番生産性が無い、無益な闘いだと思った。


  ◇◇◇◇◇◇


 魔賀のアジト──ビリヤードに興じている蛇ノ目は、テーブルにガゴゼが残したネズミの絵が描かれてカードが、真っ黒に変色していたのに気づいた。

「ガゴゼは死んだか……次は誰が出る?」


 部屋の隅で椅子に座って、書物を読んでいたメガネ女子の魔賀忍びがしおりを挟んだ書物を閉じて言った。

「あたしが出ます」

「出てくれるか、『百目 妖妃ひゃくめ ようひ』」

 静かに椅子から立ち上がった妖妃が言った。

「ガゴゼのおじさまとは、よく高級レストランでワインを飲みながらの、フルコースディナーをおごっていただきました」

 妖妃は取り出した金属製の栞手裏剣を、木製の扉に向かって投げつけた、壁にいたゴキブリに手裏剣が刺さる。

「ディナーの時のガゴゼのおじさまは普段とは違うスーツ姿で、とても紳士的で……食事後のお楽しみの時の、ガゴゼのおじさまは……」


 妖妃が頬を桜色に赤らめて言った。

「とても、たくましくて、強くて、優しかった……そのガゴゼのおじさまを殺した妖賀を許さない」

 蛇ノ目が、妖妃に訊ねる。

「白狐 ダンを殺すか、辱めるかのどちらを行うつもりだ……妖妃」


「白狐 ダンには、ガゴゼのおじさまから教えていただいたテクニックを使って。騎乗マウント凌辱の辱しめを与えます……女のあたしが」

「そうか、吉報を待つ」


  ◇◇◇◇◇◇


 次の日──いつものように登校していくダンと熊女の姿を、離れたビルの屋上から気配を消して見下ろして機会を伺っている『百目 妖妃』の姿があった。


 ふいに、屋上に『磯女 カズキ』の声が聞こえてきた。

「覗き見が 魔賀の忍びの 趣味なのか……あまり、良い趣味とは言えないな」

 妖妃が返歌する。

「さりとても 同じ忍びの 妖賀かな……だとしたら、どうしますか? これから白狐 ダンを辱めようと考えている魔賀忍びの、あたしをどうしますか」

「忍びの技で殺す」

「忍びの死闘、望むところです」


 カズキが【浄玻璃鏡】を仕掛けるよりも数秒早く、妖妃が魔賀忍法を仕掛ける。

 妖妃の姿がカズキの姿に変わり、分裂するように妖妃のカズキが増えはじめた。

 自分と同じ属性の忍法を目にして、動揺する磯女 カズキ。

 恐ろしい勢いで増殖していく分身カズキは本体のカズキを取り囲み、カズキの首に手を伸ばして絞めはじめた。

 苦痛に顔を歪めるカズキ。

「うぅぅぅ」

 どこからか、百目 妖妃の声が聞こえてきた。

「魔賀忍法【目くらべ】」


 数分後──屋上で仰向けに倒れ、自分で自分の首を絞めて絶命している『磯女 カズキ』の姿と、近くに立つ妖妃の姿があった。

 妖妃は取り出した金属製のしおり手裏剣を手に、倒れているカズキに近づく。

「妖賀、ガゴゼおじさまの仇……念のために、とどめを刺す」


 一歩、足を踏み出した次の瞬間──絶命しているはずのカズキの片足が跳ね上がり、スニーカーの先端に仕込まれていた隠し手裏剣が妖妃の、喉に刺さり貫いた。

 横向きに倒れる『百目 妖妃』

「グッ……ぐぁ」

 カズキの、最後に残っていた力の反撃はそこまでだった。

 屋上に二人の忍者の死骸が転がった。


  ◇◇◇◇◇◇


 数十分後──屋上に人影が現れた。

「あ~ぁ、死んじゃったね妖妃」

 魔賀の女忍び『姑獲鳥 雪女こかくちょう ゆきめ』だった。

 死んだ魔賀忍びの近くに、しゃがみ込んだ雪女は妖妃の片目の目蓋まぶたを指で押し開いて死亡を確認する。

「完全に死んでいますねぇ……しゃーない、妖妃に頼まれていた通りに、次元を越えて生き返らせてやりますか」


 立ち上がった雪女が印を結んで、呪文のようなモノを唱えると。

 妖妃の体がテレビの電送される走査線そうさせんみたいに、横線になって頭の方から消えはじめ。

 同時に別次元に存在する、百目 妖妃の体が現れる。

 完全に体が入れ替わると、別次元の妖妃が上体を起こして言った。

「迷惑かけましたね、雪女」

「借り一つでパフェおごりだからね、この忍法【次元転生】は、一人に一回だけ死んだ時にしか使えない忍法だと覚えておいて……二回やると、人では無いモノになる……あたしは、自分に一回使っているから、もう自分が死んだら次元転生で生き返れない」

「わかった……それじゃあ、白狐 ダンを殺してくる」

 別次元の百目 妖妃は、辱めではなく殺害を選択していた。


  ◇◇◇◇◇◇


 磯女 カズキが死亡したのと同時刻──双子の姉の『磯女 ミサキ』がフラフラと立ちあがって呟く。

「カズキが死んだ、魔賀の忍びに殺された……カズキが死んだ」

 庭で薪割りをしていた『片輪 入道』は、部屋から出て庭の隅にあるエレベーターに向かう、ミサキを黙って見送る。

 ミサキの姿がエレベーターの中に消えると、近くの丸太に刺してあった戦斧せんふを抜いた入道が呟く。

「そろそろ、オレも魔賀との殺し合いに向かうか」


  ◇◇◇◇◇◇


 ダンの学校へ繋がっている森の裏道を、忍び走りで走るスカート姿の妖妃の姿があった。

 森の木の半数が自然木で、半数が人工樹だった。

 殺気を感じた妖妃が立ち止まる。木々の間を蛇行して飛んできた鎌を避けると、鎌は人工樹に突き刺さった。

 もう一つの鎌を持った『風鎌 人魚』が、疾走しながら現れ妖妃を襲う。

「魔賀の忍び!」

「妖賀の忍び!」


 女忍者同士の死闘。

妖妃のスカートが枝に引っかかり、バランスを崩す。

 破れたスカートの部分を千切捨てた、妖妃に襲いかかる人魚が発射罠で、森に仕掛けていた無数の投げ鎌の群れ。

 鎌を避けた妖妃は、人工樹から飛び出していた、巨大鎌の刃先に気づかずに背もたれして鎌の刃が背中から胸を貫通する、吐血する『百目 妖妃』


「がはっ、雪女! 頼む、二度目の次元転生を……どんな姿になってもいいから、妖賀に一太刀を…があぁぁぁ」

 そこまで叫んで、絶命した妖妃の体が次元転生されて、人ではないモノが現れる。


 頭に角を生やした、顔面に多眼の女の化け物が現れた。

 理性を失って甦った『百目 妖妃』の背中から胸を貫いた大型鎌のには、緑色の血がついていた。

 異様な姿を見た人魚が絶叫する。

「化け物! 死ね!」

 人魚は怪物となった妖妃の顔面に鎌を突き刺して……殺した。


  ◇◇◇◇◇◇


 百目 妖妃を倒した人魚の首に、今度は投げワイヤーが引っかかり。鎌を落とした人魚の体が上に引き上げられる。

「がっ?」

 人魚が首を吊った状態で引き上げた『姑獲鳥 雪女』が、ワイヤーを人工樹の幹に固定して言った。

「危ねぇ、危ねぇ、もう自分に次元転生が使えない、あたしは無力だから妖賀の忍びと正攻の死闘なんてできゃしねえ」

 吊り下げられて手足を動かしていた人魚の体が動かなくなると、雪女は念のために人魚の鎌を投げつけて心臓に命中させて。

『風鎌 人魚』の死を確認した。

「よし、完全に死んでいるな」

 ワイヤーを緩めて地面に人魚の死体を下ろした雪女は、『風鎌 人魚』の胸に刺さっていた鎌を引き抜いて言った。


「美人の死体だな……胸の傷は縫合すればいい、首のワイヤー痕はファンデーションを塗って誤魔化せば。『 狂骨 魍魎きょうこつ もうりょう』から頼まれていた、妖賀忍びの理想的な死体が手に入った」

 雪女は下忍を呼び出すと、風鎌 人魚の死体を魔賀のアジトへと運ばせた。

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