第7話・魔賀忍法【骸傀儡】〈☆・性的忍法描写あり〉

  ◇◇◇◇◇◇


 魔賀のアジトに運ばれた風鎌 人魚の死体は、全裸にされて床に敷かれたブルーシートの上に仰向けで寝かされていた。


 両目を閉じた人魚の死体の近くには、外科手術着を着た魔賀の女忍び『狂骨 魍魎きょうこつ もうりょう』が、死んだ人魚の胸の傷を縫合する外科処置を続けていた。

 縫合が終った魍魎が、額の汗を少し血に染まった手術ガーゼで拭きながら呟く。


「ふぅ、やっと縫い終わった……首の方のワイヤー痕は雪女が塗ってくれたファンデーションで誤魔化すことができた、化粧が上手いな雪女は」

 ファミリーサイズの円筒形の容器に入った、アイスクリームを抱えてスプーンで食べている雪女は親指を立てた。

 ビリヤードをしていた蛇ノ目が、手の平に彫られた目のタトゥーを雪女に向けて言った。

「いきなり事前の連絡も無しに、妖賀忍びの死体をアジトに運び入れようしていたのには焦ったぞ……死体を調べて、妖賀の術がなにも施されていなかったから良かったものの……ゾンビ細胞を活性化させる術でも仕掛けられていたら、どうするつもりだ」

 雪女がペロッと舌を出す。

「わりぃ、死体の鮮度が落ちたら魍魎の忍法に影響が出ると言われていたから、できるだけ早く魍魎に死体を渡したくて」


 手術手袋を脱いだ魍魎は、両側が尖った鍼を一本づつ刺して、人魚の裸体に道具を使って押し込みはじめた。

 鍼が深く押し込まれたびに、死んでいるはずの人魚の死体が、神経を刺激されてビクッビクッと動く。

 全身に隠し鍼を押し込み終わった狂骨 魍魎

は、生体に電気の刺激を与える器機のスイッチを入れると、電極を手にして言った。

「魔賀忍法【骸傀儡むくろくぐつ】今、妖賀の死者は死んだまま甦る」 

 魍魎が人魚の死体の首の両側に電極を押しつけると、埋め込まれた鍼に電流が流れ、人魚の死体は大きく跳ねた。


 死んだカエルの足の筋肉に電流を流すと、痙攣して動く。

 また、首を切断されたニワトリが長期間、生きているように動き回っていたという事例も報告されている。


 死んでいる人魚の両目が開き、上体を起こす。魍魎が甦った死体に命令する。

「立ちあがって、服を着ろ」

 ゆったりと、立ち上がった人魚の死体は、たたまれて机の上に置かれていた衣服を手にすると着衣した。

 魍魎は、人魚の武器の鎌を死んで立つ人魚の手に握らせて言った。

「白狐 ダンを、殺してこい」

 うなづいた風鎌 人魚の動く死体は、魔賀のアジトから出ていった。

 一部始終を見ていた

雪女が肩をすくめる。

「忍法【骸傀儡むくろくぐつ】……怖っ、絶対に自分が死んだら処術されたくない忍法の一つ」


 アジト部屋の少し離れたテーブルで椅子に座って、飲酒をしている管理職風貌の、魔賀の中年男性忍者『獄卒 方相ごくそつ ほうそう』が、ツマミのピーナッツを食べながら雪女に訊ねる。

「わたしが要望している、妖賀忍びの体はどうなっている? 男でも女でも構わないが、できるなら生きている体の方がいいのだが」


「そんなのは、方相がやってよ……敵を生きたまま捕まえてくるなんて、難しいんだから」

雪女ゆきめちゃんは、冷たいなぁ」

 方相はグラスの酒を一口飲んだ。


  ◇◇◇◇◇◇


 夕暮れ時の帰宅時間──体育館棟と、校舎棟を繋ぐ渡り廊下を並んで歩く熊女とダンの前に、風鎌 人魚が現れた。

 笑顔を浮かべながら人魚が言った。

「おはようございます……伊賀の忍び」

 熊女が、ダンを守るように一歩前へ出て。

 後ろ手に何かを持った人魚を訝る。

「それが、白狐 ダンでしたね……思い出しました」


 熊女は腰を低く、白木の日本刀長ドスを構える。

(なにか変だ、言っているコトが噛み合っていない)

 風鎌 人魚が、笑顔で涙を流しながら、一歩近づいて呟く。

「あたしの使命は、白狐 ダンを殺すコト? 守ること? どっちなんですか? 熊女さま……助けてください」


 熊女は確信した、これは風鎌 人魚ではないと……なんらかの術を施された敵だと。

 後ろ手に持っていた鎌を振り上げた人魚を、熊女はためらうコトなく抜刀の一閃で斬り捨てる。


 倒れた人魚の体から、埋め込まれていた鍼が生えるように露出する。

「熊女……さま」

 それだけ呟いて、人魚は安らかな死者へともどった。


  ◇◇◇◇◇◇


「あ~ぁ、せっかく魍魎が忍法を施した芸術品を殺しちゃって……芸術人気質の魍魎、がっかりするだろうな」

 校舎の陰から熊女が生きた死体の人魚を、斬り捨てる場面を見ていた雪女が、帰ろうと振り返ると。


 そこに『磯女いそめ ミサキ』が立っていた。

「ひっ⁉」

 まったく、気配を感じさせずに、背後に立っていたミサキが雪女から飛び離れる。

 ミサキのブツブツ呟く声が聞こえた。

「カズキ死んだ……魔賀の忍びに殺された」


 ミサキの異様な雰囲気に、雪女の背筋が凍る。

(この妖賀の女……なんか精神が変だ、ヤバいヤツだ逃げないと)

 逃げ出そうとした雪女の視界の隅に、カブトムシくらい大きさの蠢く白い物体が映る。

 首筋に痛みを覚え地面に払い落とすと、それはダニに酷似した白い虫だった。

 虫の顔は牛のような形態をしていた。

「なんだ? この不気味な虫は……か、体から力が抜ける、毒を注入された」

 弛緩しかんして地面倒れた雪女の目に、奇怪な光景が映る。

 地面に四つ這いになった、ミサキの口から異様に長い舌が地面まで伸びて、口の中からゾロゾロと牛の顔をした白い虫が地面に這い出していた。


 口を開けたまま、磯女 ミサキが言った。

「妖賀忍法【牛鬼うしおに虫】」

 磯女 ミサキは体内に虫を飼っている。

 蠱術で交配を重ねて、異形の姿になった忍びの虫を。

 ミサキにとっては、過酷な忍法修行に加えて、虫の居場所を体内に作るために、施された忍びの外科手術のショックでミサキの精神は、おかしくなってしまった。


 全身を白い牛鬼虫に包まれた姑獲鳥 雪女が、悲鳴を発する。

「ぎゃあぁぁぁぁ!」

『姑獲鳥 雪女』は、虫に喰われて白骨化した。

 同時に『磯女 ミサキ』も倒れ、倒れたミサキの体に口から出た牛鬼虫が群がり、ミサキを食べはじめた。


 ハサミムシやクモの仲間には、子供が親の体を食べる虫も存在する、親の体は食べられて子供の養分となる。

 校舎の裏に、真新しい二体の白骨死体が転がった。


  ◇◇◇◇◇◇


 翌日、アギトの共同墓地──強化プラスチックの透き通った板墓石群の一角に、紙袋と花束を持って立つ『獄卒 方相』の姿があった。

 方相は、まだ新しい花が供えられている板墓石の近くに、持ってきた花束を置いた。

 両手を合わせて祈る方相に、話しかけてきた者がいた。

「おや、墓参りですか」

 話しかけてきたのは、妖賀の使用人兵主部ひょうすべだった。

 プラスチック板墓石の片側に腰を下ろした方相は、紙袋から取り出した缶ビールを兵主部の方に差し出して言った。

「お好きでしょう、この銘柄のビール」

「覚えていてくれたのか、馳走になろう」

 沒者の名前が刻まれたプラスチック墓石を挟んで、両側に座った方相と兵主部がビールで酒盛りをはじめる。

 方相は三缶目のビール缶のプルトップを開けると、真ん中の墓石に供える。


 ビールを一口飲んで兵主部が言った。

「思い出すなぁ、昔はこうして亡くなった熊女の母親と三人で、朝まで呑み明かしていた」

「そうですね、あの頃はまさか。妖賀と魔賀の死闘が勃発するなんて予想もしていませんでした」

 缶ビールを飲みながら、ツマミを兵主部に差し出しながら方相が訊ねる。

「妖賀の下忍は動きませんね、下忍をまとめていたのが、アギト島を留守にしている、妖賀 目目連……もう、目目連は帰って来ているんでしょう島に、下忍が動かないのは下忍の命を守るため」

「さあ、どうかな……使用人の儂には、わからんな」


「そうですか、目目連は変装の名人でしたね……妖賀と魔賀の死闘が続く限りは、刃を交える時が来るかも知れませんね、その時にはこれが忍びの宿命だと割り切ってください……と、目目連にどこかで会ったら伝えてください」

「わかった、伝えよう」


 方相は、立ちあがって去りながら、背を向けて兵主部に言った。

「白狐 ダンを守るためとは言え、孫娘に過酷な運命を課せた目目連は酷い人だ……それが忍びの宿命だとしても」


  ◇◇◇◇◇◇


 深夜、アギト島の病院に忍び込んで遺体安置室から出てきて暗い夜道を歩く『狂骨 魍魎』はイラつきながら、ゴミ集積所にあったポリバケツを蹴飛ばした。

「妖賀の忍び野郎、あたしが骸傀儡で作り出した。最高傑作の死美女を斬り捨てやがって……許さない」

 魍魎は見張らせていた下忍からの報告で、風鎌 人魚の死体を斬ったのが熊女だと知った。

「死体安置室に忍び込んで、死体を見てきたけれど。あの忍びほどの美しい素材は見つからない、どれも鮮度が落ちた、賞味期限切れみたいな老体ばかりじゃないか……ちくしょう、妖賀 熊女の野郎!」


 完全な逆恨みでブツブツ呟きながら、歩いていた魍魎の前方の外灯の下に、戦斧を持った上半身裸の大男が立っているのが見えた。

 妖賀の『片輪 入道』だった。

 普段の冷静な魍魎なら、即刻不利な戦いを回避しているところだった。

 しかし、この日の魍魎は逆上して、冷静さを欠いていた。

「妖賀の忍び! ちょうどいい、ムシャクシャして妖賀の忍びなら誰でも良かったところだ! 死ね妖賀!」

 無謀にも大男の入道に向かって、魍魎は取り出した三十センチ近くはある編み棒のような、太い鍼を振り上げて襲いかかる。


 片輪 入道は奇妙な行動に出た、戦斧を頭上に上げたままの格好で停止した……まるで、背後に誰かがいて。その誰かに戦斧を渡そうとしているように。

 狂骨 魍魎の巨大鍼が入道の喉を首の後ろまで貫き通す、片輪 入道は立ったまま……絶命した。

 あまりにも、簡単に片輪 入道が死んだので、冷静さが戻り拍子抜けする狂骨 魍魎。

「なんだ、妖賀の忍びと言っても。たいしたことは……」

 魍魎が、そう呟いた次の瞬間──片輪 入道の背後から少女の声が聞こえてきた。

「妖賀忍法【羽化変化】」

 入道の背後から飛び出してきた、裸の少女が入道が頭上に掲げていた戦斧を受け取ると、そのまま入道の体を飛び越えて、狂骨 魍魎の頭に戦斧を打ち込んだ。

「がっはっ⁉」

 頭を斧で割られて、狂骨 魍魎は即死した。


 いきなり現れた謎の裸体少女が魍魎を倒すと、片輪 入道の体が前のめりに倒れる。

 入道の背中には、縦の亀裂が入っていて、内部は空洞になっていた。


 片輪 入道は、蝶やセミが殻を脱ぎ捨てて変態するように、男から女、女から男へと脱皮して変わるコトができた。

 女入道が、抜け殻の男入道から着物を剥いで着衣して言った。

「うわぁ、男の時の着物だからサイズが大きい……まっ、裸でいるよりはいっか」

 男入道の時の筋力をそのままに、片手戦斧を担いだ女入道は、流行のJポップを口ずさみながら去って行った。

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