第5話・妖賀忍法【水蟷螂】〈☆・性的忍法描写あり〉

 早朝、朝日を反射して輝いている公園の人工池──池を周回する遊歩道を犬にリードを繋いで散歩をしている近所の住人や、ウォーキングやジョギングをしている住人もいる平和な公園。


 そんな公園の池に一人……ボートを浮かべ水面の一点を凝視している、火取魔 鬼火の姿があった。

 腕組みをしてボートの上に立って凝視している鬼火の視線の先には、水面から立ち泳ぎで頭だけを出した赤舌 縊鬼の姿があった。

 離れた距離から縊鬼に向って叫ぶ鬼火。

「いったい何のつもりだ? それがおまえの忍法か?」

 ボートの上から怒鳴っている鬼火の姿と、水面から頭だけを出した縊鬼の様子は、インターネットの挑戦状を見た暇な住民が公園に集まり、スマホのレンズを向けて撮影をしていた。


 野次馬に、ボートの上でキレる鬼火。

「なに、勝手にスマホで撮影しているんだよ! 忍者は見せ物じゃねぇ! 燃やすぞ!」

 その言葉が終わる前に、鬼火から飛んだ炎球がスマホで撮影している一般人へと容赦なく飛び。

 哀れな犠牲者たちは業炎に包まれ、弾末の叫びと共にスマホを持ったまま炎柱に変わった。

 笑みを浮かべながら鬼火が呟く。


「これで、邪魔者がいなくなった。妖魔の忍びを心置きなく燃やせる……そちらから来なければ、オレの炎が池を炎炎の池に変える」

 鬼火から発せられた熱気が、ボートの周囲五メートルほどの円周外の水面に炎が広がり、水面に顔だけ出した縊鬼を襲う。

 頭部が炎に包まれながら「はふっ、はふっ」と必死に呼吸をしていた赤舌 縊鬼の頭が水中に没して消えた。


 ボートの上で鬼火は、拍子抜けした声を発する。

「死んだか……いったい、ヤツは何だったんだ? 死んで水中で毒でも出す忍法なのか」

 ボートを円周に取り囲む水面を見ていた鬼火は、水中に巨大魚のような影を見た。

 直後、水中から肉の筒棒のようなモノを口にくわえて、鎌を持った水着の女が飛び出してきて。

 鬼火の胸に鎌の刃を突き刺した。

「うぅ、水の中に妖賀の女忍者が⁉」

 奇襲に成功した『風鎌 人魚』が、口に肉の筒棒をくわえながら言った。


「妖賀忍法【水蟷螂かまきり】」

 絶命した鬼火がボートから池に転落すると、燃え盛っていた池の炎も鎮火した。

 池の岸まで泳いで上陸した人魚は、口にくわえていた肉の筒棒を抱き締めると、涙しながら。

「縊鬼……縊鬼の作戦通りに、魔賀の忍びを倒せたよ」

 そう呟いて、人魚は泣き続けた。


  ◇◇◇◇◇◇


 開校記念の休日──ダンは、近所の公園に熊女を誘ってやってきた。

 公園のベンチに座ったダンが言った。

「親戚の兄で、次期大統領に黒カラス党が推している、虎王兄さんにに会ってみようと思います」

「どこに居るのかわかっているのか?」

「はい、虎王兄さんとは過去に、一~二度会っていますから別に仲が悪いワケではありませんから」

「そうか、ダンが好きなようにすればいい」

 

 白狐 ダンが、クスッと笑った。

「何がおかしい」

「だって、初めて名前を呼んでくれたから……熊女さんが」

「そうだったか? だったら、わたしの名前も熊女ウンニョと呼び捨てでいい……その方が気が楽だ」

「そうですね、これからは名前で呼び合いましょう」


 そんな、ベンチに並んで座って会話をしている二人を離れた茂みから、眺めている二つの目があった。

 魔賀の『鉄鼠坊てっさぼう ガゴゼ』だった。

 ガゴゼは、気づかれないようにその場を離れて呟いた。

「これは、良くない展開だ……白狐 ダンと虎王さまの接触は阻止しなければ、白狐 ダンは虎王さまに何を言うつもりか」

 公園に隣接した林の小道へと足を踏み入れたガゴゼの前に、石の彫刻モニュメントに背もたれしてモグモグと、何かを食べている『野槌 七転』が待ち構えていた。

 七転がガゴゼに言った。


「どこへ行くつもりだべ、魔賀の忍び……熊女さまを覗いていたな、逃がすわけにはいかないべ。オラと勝負だ」

 ガゴゼは、七転が食べているモノを凝視しながら言った。

「何を食べておるのだ」

「見りゃわかるべ、さっき捕まえた野ネズミだべ。木の枝を渡って、すばしっこく逃げるリスよりも捕まえやすかったべ……おまえも食べてやるべ」

わしを食べるだと、面白いやってみろ」


 ガゴゼから少し離れて対峙する位置から、七転はピンク色の肉膜を、投げ網のように口から広げてガゴゼの頭を包みこんだ。

 そのまま、ガゴゼの顔に麻痺毒の針を突き刺そうとした七転は、笑子を捕食した時と異なる感覚に動揺する。

(麻痺毒の針が刺さらない? 折れる?)

 ガゴゼは頭を肉膜に包まれた状態のまま、七転の体外に放出した臓器をつかみ引っ張る。

 包まれた肉膜の中から、ガゴゼの声が聞こえた。


「どうした、儂を食べるのではなかったのか……儂の肌は鋼鉄だ、毒針など利かん。どれ、妖賀の忍びの生モツを実食するか」

 ガゴゼは七転の内臓を引っぱり出しながら、鋼鉄の歯で食べはじめた。

 胃から小腸、大腸、肝臓から膵臓、脾臓、肺までもズルズルと体外に引きずり出される。

 生きたまま、内臓を食べられて絶叫する七転。

「ぐあぁぁぁぁぁ!」

 野槌 七転は、鉄鼠坊 ガゴゼに内臓を食い散らかされて……絶命した。


  ◇◇◇◇◇◇


 七転を殺したガゴゼは、公園の出入り口に向かって回り道を走った。

(白狐 ダンが、虎王さまと会おうとしているのを阻止せねば……場合によっては、白狐 ダンを殺さねば)


走るガゴゼの足元の地面に、樹上から投げられた妖賀の手裏剣が数本刺さり、ガゴゼは立ち止まった。

 樹上から、短歌を詠むような声が聞こえてきた。

「急ぎ足 どこへ行くやら 魔賀忍び」


 木の枝から飛び降りてきたのは『磯女 カズキ』だった。

 カズキがガゴゼに質問する。

「ダンさまを、亡き者にするつもりか」

「だとしたら、どうする」

「それならば なおさらココは 閻魔門……妖賀の忍びとして通すわけにはいかないな」


 ガゴゼが、懐中からノコギリ刃状になった魔賀特有の忍具。

 鋸葉クナイを取り出して構える。

 カズキがまた、創作した短歌のようなモノを混ぜて詠んだ会話をする。

「今までの 罪をつぐない 死ぬがいい……先にオレの忍法特性を伝えておこう、オレの忍法は周囲に霧を発生させて。霧を氷結させた氷の鏡を作り出すだけだ」

 ガゴゼは、忍びが自分の忍法を闘う前の敵に明かすなど、愚かなコトだと含み笑う。


「この道は 地獄へ続く 戻り道……これも、忍びの宿命、恨むなよ」

 カズキの姿を、濃霧が包み消す。周囲が白い霧に包まれる中、ガゴゼは前方に霧が凍結した鏡を見た。

 鏡面に映る、ガゴゼ自身の姿は醜かった。

 まるで、自分自身の過去の罪を映し出しているかのように。


 幻視でドッペルゲンガーという、もう一人の自分と遭遇する現象がある……ドッペルゲンガーを見た者は、死ぬとも言われている。


 何も考えられなくなったガゴゼは、氷の鏡に映る自分の姿にクナイを突き刺す。

 鏡に映った自分も、ガゴゼの心臓にクナイを突き刺す。

 霧の中でカズキの声が聞こえた。

「妖賀忍法【浄玻璃鏡じょるりきょう】」


 霧が晴れると地面に仰向けに倒れ、恐怖の表情で両目を見開いてショック死した。鉄鼠坊 ガゴゼの姿があった。

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