第4話・魔賀忍法【胎内回帰】
壁塗 笑子が、野槌 七転に骨まで喰われた同時刻──魔賀のアジトで忍びのカードをめくっていた、鉄鼠坊 ガゴゼはめくったヤモリ絵のカードに黒いシミが浮き出てきて、やがてカード全体が真黒に染まるのを見て蛇ノ目に言った。
「壁塗 笑子は絶命したようです」
蛇ノ目は淡々とした口調で。
「そうか、死んだか」
それだけ言った。
蛇ノ目が暗闇の中に潜む、魔賀の忍びに向かって言った。
「次は誰が出る?」
暗闇の中から、少年のような声が聞こえてきた。
「ボクが次鋒として出よう」
闇の中から少年の面影を残す、小柄な男性が現れた。魔賀の『
「下忍を数名、借りるよ……捨て駒でも多少の役にはなるだろうから……襲撃は明日の朝、白狐 ダンの通学路で」
「吉報を待つ」
◇◇◇◇◇◇
翌朝──ダンを護衛しながら並んで学校へ向って歩く熊女の姿があった、住宅街を抜けた坂道を歩きながらダンが熊女に話しかけてきた。
「オレが学校に通って学業を続けるのは、亡くなった母の希望でもあるんです」
熊女は複雑な気持ちで傍らのダンを見た、ダンは話し続ける。
「女手ひとつでオレを育ててくれた母親は、理由があって学校を中退してしまったんです……そんな母が日頃から口にしていたのが『とにかく、学校へは通いなさい』でした」
ダンは母親が亡くなり天涯孤独の身になってからは、邪魔者のように親戚をタライ回しにされた。
ダンが前大統領の忘れ形見だと、発覚してから身元引受け人となって、ダンを引き取ったのが熊女の祖父の妖賀 目目連だった。
通学路の坂道を歩いていたダンは、坂の途中にある神社の前で足を止めて言った。
「ちょっと、この神社に寄ってから、学校に行きませんか……時間の余裕はありますから」
熊女はダンの提案を承諾して、二人で神社の境内に足を踏み入れた。
賽銭箱の前で両手を合わせながら、ダンが言った。
「この神社は母とよく来た神社なんです、この場所で母と約束したんです」
「どんな約束を?」
「『自分が信じている正しいと思う道を進みなさい、罪を犯した犯罪者でなければ偉くならなくても、金持ちにならなくてもいいから自分の人生を歩みなさい』……これが、母の教えと約束したコトです」
「立派なお母さんだ」
熊女は人を殺す忍びの犯罪者集団が、未来がある若者を守っても良いものだろうかと……ダンの話しを聞いて少し悩んだ。
その時、神社の境内で鳴いていた野鳥の鳴き声が止み。
不気味な静寂が神社全体を包み込む。
(魔賀の殺気⁉)
白木の刀柄を握り、抜刀の姿勢で身構える熊女。全身の毛穴から吹き出した汗が敵が尋常ではない相手だと本能が伝えている。
神社の石段を上ってきた魔賀の忍び『毛羽 件』と、一般人に擬態した魔賀下忍が現れた。
件がダンを見て言った。
「やぁ、探したよ……これから辱めるボクの獲物、いや違うな……快楽で自分の方から望んでボクに抱きついてくるように変えてやる。下忍たち白狐 ダンを捕まえろ、心と体に男の味を覚えさせる」
襲いかかる下忍、熊女が白木の刀を抜く前に、下忍たちの体が
(この抜刀術は、夜行の【螺旋抜刀】)
振り返った熊女の目に移る、日本刀の柄に軽く手を添えた鵺 夜行の姿。
夜行の抜刀術は、螺旋の流れを生み出して敵の体をねじり斬る。
夜行が言った。
「熊女さま、ここはわたしが引き受けます……学校に行ってください」
うなづき、その場から神社の裏道へとダンと一緒に走り去ろうとした熊女に向って。
件が高い声で言った。
「逃げるな! ボクの獲物!」
取り出した幅広の刃の西洋短剣の刃先を向けた件の足元の地面に、夜行が投げた笹の葉型の手裏剣が刺さる。
件に対して身構える夜行。
「おまえの相手は、わたしだ魔賀の忍び」
件の唇の動きを読心術で読む夜行。
『遅かったね、妖賀の忍びをこれで挟み撃ちにできる』
後方に敵がいると思って振り向く夜行……誰もいなかった。
「しまった⁉」
夜行は自分の読心術に絶対の自信を持っていた、そこを件に見抜かれて油断が生じた。
件の方へ目を向けた夜行の利き腕に、飛んできた魔賀の卍型の手裏剣が刺さる。
「ぐっ⁉」
顔をしかめた夜行の額に、瞬時に間合いを詰めた件の手の平が触れる。
「かかったね、魔賀の忍び」
飛び下がって距離を開ける件。
地面に片膝をつく夜行、何が頭の中に入ってきて意識が遠のいていく。
件を睨む夜行。
「いったい、何をした」
「いいコト……もう闘わなくてもいいからね、胎児になれば」
「なに?」
意識を失って倒れた夜行の姿勢が、赤ん坊が子宮の羊水の中で手足を丸めた格好へと変わる。
外から見てもわからないが、夜行の意識は胎児の段階に逆行していた。
心が胎児化して無力になった夜行に近づき、しゃがんで見下ろす毛羽 件。
「もっと、逆行しちゃえ……受精卵の段階までもどっちゃえ」
さらに体を丸める、鵺 夜行。意識が無垢な受精卵の段階にまでもどった夜行の体を。
件は幅広の西洋短剣で滅多突きにして……惨殺してから呟いた。
「さてと、今から先回りをして追えば白狐 ダンには追いつくかな……一緒にいた妖賀の女も、意識を胎児に変えて殺してしまおう」
◇◇◇◇◇◇
熊女とダンが学校へ向かう途中で、忍びの抜け道を使って先回りした毛羽 件が前方に現れた。
「ボクからは逃げられないよ、さあ覚悟を決めてボクに犯されちゃいな」
余裕の笑みを浮かべる件の後方にフードパーカーを深めに被り、ポケットに両手を突っ込んで歩いてくる若者の姿を熊女は見た。
若者は件から、少し離れた位置で立ち止まる。
歩いてきた若者──妖賀の『赤舌
「オレが相手をしよう、魔賀の外道……熊女さまは、できるだけ離れていてください」
件が血に染まった、幅広の短剣を構える。
件の忍法【胎内回帰】は、相手の額に直接触れなければ、発動しない弱点があった。
フードに隠されていた顔を上げて、件を見つめる縊鬼。
縊鬼の双眸が怪しい輝きを放つ。
見つめられた件は、異様な喉の渇きを覚えた。
(なんだ、急に喉が渇いて……まさか、これがヤツの忍法?)
水を求める件の目が自分の腕に注がれる、血液という水分を蓄えた人間水タンクの腕。
(喉が渇く、飲みたい……自分の血を飲みたい)
人間は体内の血液が半分失われると出血死すると言われている。
件は幅広の短剣で自分の腕を切り裂いた、腕から流れ出る赤い血を無我夢中ですする毛羽 件。
(もっと、もっと)
自分が行っている行為に戦慄を覚えながらも、件は自分の血液をすするコトをやめられなかった……何かに憑かれたように、喉を鳴らして自分の血を飲む。
血液は飲んでも、直接水分として体に補給されるコトはない……食物と同じように栄養として消化吸収されてから血液へと変わる。
毛羽 件は、大量出血で絶命した。
死んだ件を眺めながら、縊鬼が熊女に言った。
「この忍びの闘い、オレと人魚の二人とも生き残れるかは、わかりません……どちらかが死ぬかも、オレが死んだら残った人魚をお願いします。今日はこれ以上、魔賀の忍びが手出しできないようにオレが、インターネットを使って食い止めておきましたから」
◇◇◇◇◇◇
毛羽 件が、自分の血をすすり続けて絶命する数十分前──インターネットに妖賀の魔賀に対する奇妙な挑戦状が公開された。
『人工島アギトの人工公園池で明朝太陽が昇る頃に待つ、魔賀が妖賀に臆する腰抜けでなければ来られたし……妖賀忍「赤舌 縊鬼」』
その挑戦状を見た蛇ノ目がビリヤードをやりながら、暗闇の中に潜む魔賀の忍びに向かって言った。
「妖賀から挑戦状が出た、誰が相手をする?」
暗闇の中に炎が現れ、指先に炎を灯した男が闇の中から進み出てきて言った。
「オレが出よう、使命なんか関係ねぇ……妖賀の忍びの技がどの程度のものか見てやる……最低でも、一人は仕留める」
炎を操る魔賀忍び『
蛇ノ目がビリヤードの的球を、キューの棒で弾きながら言った。
「黒カラス党から受けた使命は無視するな、白狐 ダンの衣服だけを炎で燃やして辱める方法もあるだろう」
鬼火の周囲にさまざまな形の炎が出現する、人の顔が浮んだような炎やクラゲのような形をした炎が浮かぶ。
「ふん、妖賀を燃やす片手間にできたらやってやる、今日は火力が弱いから肉でも喰って火力を高めるか……明日の朝が楽しみだ」
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