第9話

 午前の授業を終え、望月と二人で食堂へと向かった。道中、年代を問わず羨望や嫉妬の眼差しが入り混じった視線を向けられていた気がする――というよりもぶつけられていたが、当の望月本人はそんなこと気にも留めていない様子だった。

 

「お腹すいた〜!何食べる?」

「うどん」

「じゃ、私はカレー」


 ウチの学食は品数も多く、更に料理自体も美味い。料理に力を入れているのは創立されてからの伝統らしい。普通、学校といえば学業に力を入れていたり部活に力を入れているものではないのだろうか。

 券売機に千円札を一枚投入すると、なぜかカレーと書かれた食券が出てきた。


「……おい」

「お財布、忘れちゃった」


 何かを言うだけ無駄だと悟り、残った400円でうどんを買った。なんで奢った俺の方が安いモノ食ってんだよ。


「あれ、奢ってくれるの?」

「財布忘れたなら仕方ないだろ」

「ふふ。借りができちゃったかな〜」


 調理場では白いエプロンと調理帽子を身に纏った女性達が慌ただしそうにしている。食券を係に手渡し、出来上がりをしばらく待つことにした。


「いい匂いだね」

「ここの学食、美味いらしいしな」

「らしいって、知らないの?」


 つい口が滑ってしまう。学校に来ること自体が少ないというのは勿論のこと、胃腸への負担を鑑みて、普段の昼食はゼリーなどの軽食程度に留めていた。

 

「ここで飯、あんまり食わないしな」

「やっぱりそうなんだ」

「やっぱり、って……」

「89番と90番の方〜!」


 会話を遮るように、調理場から二つの番号が聞こえてくる。どうやら自分たちの料理が出来上がったようだ。


「ありがとうございま〜す!」


 その番号を聞くや否や、望月は会話もすっぽかして料理を受け取りに行っていたようだ。


「はいこれ!水無瀬くんの分も」

「……サンキュー」


 どうやら自分の分まで受け取ってくれていたらしい。適当に見えても、案外彼女は彼女で色々と考えてくれているのだろうか。憎めない奴だ。

 適当な席に腰を下ろし、机を挟んで向いに座る。正面から向き合うのはあの時――電車で初めて出会った時以来だろうか。


「それで……」

「聞きたいことはたくさんあるだろうけど、先に食べないと伸びちゃうよ。私のカレーも冷めちゃう」

「……わかった」


 こういう時に焦ったところで会話は成り立たない。彼女のような人間相手であれば尚更だ。律儀に手を合わせ、「いただきます」と呟く彼女と同様、自身も手を合わせ小さく呟いた。


「うん、美味しいね」

「よかったな」

「水無瀬くんも美味しいでしょ?」

「……ああ、美味いよ」


 ほっとする味だ。うどん自体食べやすい部類ではあるが、それでもするすると喉に入ってきた。だが、ここのうどんは何度か食べたことがあるが、ここまで食べやすくはなかった気がする。味を変えたのだろうか、今日は身体の調子がいいのだろうか。いや、そのどちらも違う。理由は簡単だ。――認めたくはないが、この女といるからだ。


「あれ、もう食べちゃったの?足りてる?」

「……足りてる。ごちそうさま」


 後半はもう、ほとんど味がわからなかった。そもそも人と食事をするなんて、一体何年振りだろうか。とうに蓋をしたはずの『ありふれた普通の幸せ』を、また彼女のせいで一つ思い出してしまった。

 

「早食いは身体に毒だよ〜」

「俺のこと殺すっつってる奴が、なんで身体の心配してんだよ」

「それとこれとは別だから。……っと、ごちそうさまでした!」

「お前も結構早食いじゃねえか……!」


 つい勢いでツッコんでしまった。にも関わらずだ。俺の言葉をよそに、彼女はコップを手に取り水を一気に飲み干した。別にスルーしてくれたって構わないが、少しだけ悲しい、そして恥ずかしい。とはいえ、こういった感情を覚えることが長い間なかったのだ。だからだろうか、それが不快だとは全く思わなかった。

 コン、と空になったコップを机に置き、彼女は俺を見る。射抜くような視線、それから神妙な面持ち。軽く首を傾げながら、彼女が口を開いた。


「――それじゃ、何から話そっか」

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明日もし、私が死んだら。 海羽 @UMIWANWAN_

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