添島桐花の追想
What are little boys made of?
What are little boys made of?
Frogs and snails
And puppy-dogs' tails,
That's what little boys are made of.
――What Are Little Boys Made Of?
泣きそうな顔を、していた。
塾の先生に口を酸っぱくして言われたことばを守っておいて良かったと、そんなことを内心で思ったものだった。
別に必死になって勉強したわけでもない。今の成績で行けるところをと選んだ学校の入試で、世界の終わりみたいな顔をしている女の子がいた。
ふわふわの髪をした、かわいい女の子。困っているなら助けてあげようと思ったのは、その子がかわいいと思ったからなのかもしれない。そういう下心がなかったとは、多分口が裂けても言えないのだ。
ハンカチを貸して、消しゴムをあげて、その日はそれだけ。また会えたら良いなとは思ったけれど、絶対に合格できる保証があるわけじゃない。桐花は多分落ちないけれど、彼女はどうだろう。
そして、合格発表の日。花が咲いたみたいに、笑っていた。桐花より背の高い彼女は、けれど桐花よりもずっとずっとかわいかった。
添島桐花と高垣佳鈴。席は前と後ろ。振り返るたびに佳鈴が花が咲くように笑ってくれて、その顔を見るのが好きだった。
でもこれは、蓋をしてしまい込むべきもの。自分の恋愛対象が女の子なのだと気付いたのは、小学校低学年の時だった。お砂糖やスパイスのような、綺麗なもの、甘い物でできている女の子の方が、カエルにカタツムリに子犬のしっぽみたいなものでできている男の子よりも、ずっとずっと魅力的だった。
けれどこれはきっとおかしなもので、誰かに言うようなものじゃない。まして、成就させるようなものじゃない。
かっこいいのが好きだと佳鈴は言った。じゃあ、桐花はどうだったのだろう。かっこいいとは言われるけれど、背は低くて、男の子にはなれない。腐れ縁の春日野圭祐みたいになれたなら、男の子だったなら、何の気兼ねもなく佳鈴に「好き」と言えたのかもしれない。
笑っていて。
花が咲いたみたいに、笑っていて。
でも、その笑顔を他の人に見せないで。私とだけ仲良くして。ねえ、ねえ。
じくじくと傷口が膿んで広がっていくみたいで、どす黒いものが侵食していくみたいで、桐花の「恋」というものは、本やテレビで見るようなきらきらした綺麗なものじゃない。もっとあさましくて、どす黒い。
それでも高校三年間、いちばんの友達みたいな顔をして笑っていた。もうやめようって、もう終わりにしようって、そんなことを思いながら。
あの花みたいな笑顔の隣、こんな腐り果てたような感情を抱えた桐花は相応しくない。
圭祐が「佳鈴さんかわいいな」と言うのを聞いたときに、すごく腹立たしくて、虚しくなった。圭祐は簡単に言えて、桐花は言えないもの。圭祐なら佳鈴と付き合えるのに、ピンクのリップが似合う唇に口付けることだってできるのに、桐花はできない。
でもきっと、それで良かった。
圭祐ならいい。圭祐は桐花と腐れ縁で、きっと佳鈴は圭祐を見ていれば一緒くたに桐花のことを思い出す。
だから。
でも。
「私……私ね、好きなの。桐花ちゃんが、好きなの」
卒業式の日、佳鈴のことばが分からなかった。一体何を言っているのだろうと、そんなことを思ってしまった。
佳鈴の好きと桐花の好きは、きっと同じ質量じゃない。佳鈴の好きはもっと綺麗で、桐花みたいに薄汚れたものじゃない。
それはきっと、気の迷いだ。思春期の少女特有の潔癖さとか、自分とは違う姿をした桐花へのあこがれとか、そういうものが綯い交ぜになっただけ。今ここで「私も」と言ったところで、いつかきっと目が覚めて、気の迷いに気付いて、佳鈴は桐花から離れていく。
離れていくものなんて、要らない。
今だけ両想いだなんて、そんなものは要らない。
だから。
「圭祐と同じ大学でしょ? 仲良くしてやってね。私は、ふたりがお似合いだと思ってるから」
泣くのかなって、思っていた。でも佳鈴は泣かなくて、けれど唇を噛み締めて何かを堪えるようにしていた。
ごめんね。でも、この方が良い。
一生恨んでくれても、構わないから。そうしたら、きっと。
いっそのこと、圭祐とうまくいってくれたらいい。そうしたら、きっと。
圭祐を見るたびに、桐花のことを思い出さずにはいられなくなればいい。いつかの恋が忘れられないようになればいい。
この腐り果てた感情と同じ質量に、なってしまえばいい。
だから、一生恨んでくれても、構わないから。
むしろ――。
「 」
だから、さようなら。
この花の腐らせ方 千崎 翔鶴 @tsuruumedo
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