第3話 恋愛カレンダー
「これは?」と私は怪しいセールスマンに尋ねた。
怪しいセールスマンとは言っても、昔漫画にあった笑っているようなセールスマンではない。
身なりはきちんとしている。
ただ。
なぜこの人とお茶をして、営業を掛けられているのかが良くわからない。
何か騙された気分だ。
「これが本日お薦めしたい、当社イチオシの商品でございます」
セールスマンが出したのは、カレンダーだった。
セールスマンの怪しさに私はテンパった。
「こういうのって、スーパーの文具売り場とか、お店で買う物ですよね。アッ、もしかして何か会社名を入れて、顧客に配るために百とか二百の注文を入れるような。
でも、私は単なるOLなんで、そんな権限はないですし、だからここで買うとしても、せいぜい二つか三つですし、えっ、まさか一つが五万も十万もするとか。そんなカレンダー買えませんからね。いえ、たとえ買うお金があったとしても、そんな高いカレンダーなんか買いませんから」私は冷静さを失って、まくし立てた。
「お客様、お客様、落ち着いて、落ち着いてください。そんなカレンダーがあるようなら、私も見てみたい物でございます」セールスマンの冷静な言葉に、私も少し冷静になる。
「こちらは、恋愛カレンダーでございます」
「恋愛カレンダー?」
「はい」
「あっ、これに記念日を書きこんで、恋愛の作戦を練るための物?」
「違います」セールスマンの冷たい否定に、少し腹が立った。
「わかった。このカレンダーに名前を書き込むと、その人が私を好きになって告白してくれるとか」
「お客様、漫画ですか?」
「いえ、すみません」
「失礼ですが、お客様は、今お付き合いされている男性はいらっしゃいますか」
「なんて失礼なことを聞くんですか」
「と言うことは、いらっしゃらない?」
「すみませんね」と私はふてくされたように言うと、腕を組んでそっぽを向く。
「最高です。この商品はそういうお客様にこそ使っていただきたい」
「なんですか、縁結びのお札でも練り込んでいるんですか」
「いえ、このカレンダーは恋愛を妄想してもらうためのカレンダーでございます」
「妄想って何ですか」
「このカレンダーに、恋愛のスケジュールを書き込んでいただきます」
「あっ、未来日記的な?」
「いえ、違います。妄想です」
「だからシュミレーションでしょ」
「違います。あくまでも妄想です」
「だからなんなんですか、妄想って」
「お客様に大好きな彼がいたとしましょう」
「はい」
「お客様は、大好きな彼と高級フレンチで食事をする。美味しいねと目と目で語り合う。そして、そのあとお酒を飲んで良い気分になった二人は、カラオケに行き、歌いまくる。
そしてある日は、ドライブ。
またある日は映画。
二人の楽しい日々を、この恋愛カレンダーに書き込んでいきます」
「そうすると、それが現実になる」と私は目を輝かせながら、セールスマンを見つめる。
「だから違いますって。妄想ですって」
「さっきから妄想、妄想ってうるさいな、なんなんですか」
「彼とデートをすると何が残りますか」
「えっ、何が残る?思い出?」
「そうです。どんなに楽しい事も過ぎ去ってしまえば、それは記憶でしかない」
「どういうこと」
「彼とドライブをして、楽しかったなーと言う記憶だけなら、別に本当にドライブなんかしなくても、このカレンダーに書き込んで、妄想すればいい。そして、あー楽しかったーという思い出を持ち続ける」
「いやおかしいでしょう。楽しい事があったから思い出になるわけで、思い出だけを自分で作ると言うことですか。そんな不幸でかわいそうなことしろって言うんですか」
「こうは考えられませんか。彼とのデートは実は楽しくない」
「どういうことです」
「彼は俺様で、なんでも決めてしまう。あなたの希望は通らない、さらにちょっとしたことで怒り出す。そんなデートも、記憶の中では楽しい思い出として頭で変換する。なら別に、本当のデートをすっ飛ばして、妄想の記憶をここに書き込む。それは理想の思い出になりませんか」
「あっ、いや、でも」
「このカレンダーを手にしたときから、あなたは妄想という夢の中で、理想の彼と本当に楽しい恋愛をすることが出来る。そしてその記憶は美しく尊い物となり、あなたの人生に、潤いと喜びを与えるでしょう」
「ねえ、なんかさ、こんな物見つけた」という彼の手には、あの恋愛カレンダーがあった。
「ああ、それ恋愛カレンダー」
「なにそれ、何だか色々細かく書かれているけれど。俺とのデートの計画か」
「違うよ、日付見てよ、一昨年でしょう」
「本当だ」
「このカレンダーに書き込む事により前向きになれて、あなたとも結婚出来たの」
「じゃあ、このカレンダー様々だな」
「買わされた時は騙されたと思ったけれどね」
そうだ、私は結局恋愛カレンダーを買ってしまったのだ。
それから色々書き込むと、何だか心に張りが出てきた。
自分を変えることが出来た、あの怪しいセールスマンには、悔しいけれど感謝している。
怪しいセールスマン 帆尊歩 @hosonayumu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます