第2話  心霊スーツ

「これは?」と僕は怪しいセールスマンに尋ねた。

怪しいセールスマンとは言っても、昔漫画にあった笑っているようなセールスマンではない。身なりはきちんとしている。

ただ。

なぜこいつとお茶をして、営業を掛けられているのかが良くわからない。

何か騙された気分だ。

「これが本日おすすめしたい、当社イチオシの商品でございます」

セールスマンが出したのが、ツーピースのスーツだった。

「スーツって、こういう感じで売るもんですか?」怪しい。

「心霊スーツでございます」

「心霊スーツ?」

「はい。お客様は、幽霊とか、霊とかをご覧になったご経験は?」

「そんなもの、あるわけないでしょう。イヤですよ、恐いな。アッ、そのスーツ着ると霊が見えるとかなら、なおさらいらないです。そんなもん信じてはいないけれど、もし見えたらイヤだし」怪しさを通り越して、ギャグなのかと思った。

おかげで、騙されるかもしれないと言う警戒心が吹き飛んだ。

こんな怪しいもの、普通は買わないしね。騙される以前の問題だ。

「いえ違います」

「違うの?」

「はい、このスーツは霊を寄せ付けないためのスーツです」

「はいっ」

「この世の中には霊が無数に存在していますが、霊感があるなんて言っている人の大半が嘘なんです。中には本当に見える人がいますが、そういう人は、それはそれは大変で」

「大変というのは?」

「だって、考えて見てください。どこにいたって、霊がその人の横にいるんですよ、それに霊は寂しがり屋らしく、見える人の所に寄ってくるようで、それでこのスーツを着ると近くに寄って来なくなる」

「でも、霊が見えない人なら関係ないでしょう」

「そうですか」とセールスマンは、僕に顔を寄せ付ける。

「なに?」

「考えて見てください。見えなくても、いるんですよ。どんなときも霊が側にいる。あんな時も、こんな時も。あんな恥ずかしいことをしている時も、こんな恥ずかしいことをしている時も、大勢の霊に見られている」

「だからそれが認識出来なければ、どうと言うことないでしょ」

「本当ですか。じゃああなたは、覗き見されていても、それに気付いていなければいいと、いくらでも覗いていても、そら見ろ、もっと良く見ろなんて言えるんですか」

「いや」

「でしょう。このスーツを着れば確実に一人になれることをお約束いたします。

誰でも一人になりたいときはありますよね。

孤独を愛し、孤独に愛される。なんて素晴らしい人生」何だか、方向性がズレているような気もするが。

「いかがでしょう。今なら心霊スーツ友の会、無料入会権とその特典としまして、このメガネが、もれなく付いてきます」

「何なのこれ?」

「ちょっと掛けて見てください」そう言われて、僕はそのメガネを掛けた。

「それでそのスーツの背中を見てください」

そこには鮮やかに「零」の字が浮き出ている。そして、メガネを外すと普通のスーツだ。

「これは?」

「ね、格好良いでしょう。チーム「零」の一員になれるんですよ」

「あの何で(零)なの。(霊)じゃないの?」

「だって、霊同好会より、チーム零の方がかっこよくないですか?」もうどうでも良くなって来た。



結局、僕は心霊スーツを買ってしまった。

でもこのスーツ、効果が実感できない。

霊が見えないから、本当に霊はいるのかいないのか、体の良いカモになったかのもしれない。

これはやはり騙されたかもしれない。

思いあまって、僕は友人に相談してみた。

「それはおまえ、どこからどう見ても、騙されているだろう」

「やっぱりそうかな」

「いや、本当に騙されていないよね。面白がって騙されたふりで、買ったんだよね」

「えっ、あっいや、その通りだよ。ギャグで買ったんだよ」

「そうだよな。おまえがそこまでバカだったら、友人関係見直さないといけない」

「当然じゃないか」



効果が見えないが、心霊スーツは、別に普通のスーツなので通勤に使っている。

何の気なしに、心霊スーツ友の会のメガネを掛けてみた。すると、前を歩く女性の背中に(零)の字が浮き出している。

女性は、すらっとしたキャリアウーマンという感じで、颯爽と歩いている。

僕は小走りで追いつくと、後ろから声を掛けた。

「あの、すみません」聞こえているはずなのに、女性は無視する。

「心霊スーツ友の会の人ですよね」

「えっ」と彼女は振り向いた。

これが妻との出会いだった。


明日は結婚式だ。入籍は済ませているので、僕らはもう夫婦だ。

これからは心を引き締めて、二人の生活を維持していかなければ。

だって、夫婦そろって騙されやすいんだから。

気をつけないといけないと、僕らは誓い合った。

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