本編
本編
里見公園に入ってまず目に入るのは芝生のエリアだ。
日中は子供達がキャッキャと走り回り、お年寄りはベンチで日向ぼっこを楽しんでいる。梅や桜の季節には、多くの人でごった返す公園だ。
「夜泣き石……夜泣き石はどこにあるだろうか?」
まず私はバラ園を探す。夜泣き石はバラ園の北側にあるという。
とりあえず私は芝生のエリアを突っ切る事にした。途中には大きな花壇もあり、季節の花々が美しく咲いている。
芝生のエリアを抜けた所に、噴水を囲むようにあるバラ園を見付けた。これだけたくさんのバラが植えてあるのならば、花が咲き誇る季節には大層な見ものになるだろう。
バラ園を抜けて少し北西に歩いた所に、石垣があった。私は恐る恐る石垣に近付いていく。
石垣の上には三つの石碑が見える。そして、その傍らには大きな石を乗せた石段がある。間違いない、この石が夜泣き石だ。
「泣き声……聞こえるかな……?」
耳を澄ます。
耳に入って来るのは木々のさざめき、鳥の鳴き声。そして遠くからは子供の笑い声も聞こえる。
「姫様、姫様。あなたは本当に成仏されたのですか?」
私は夜泣き石に向かってそう質問を投げかける。
ざわわわわ……と、風が吹き抜けていく。
「姫様、姫様。今も泣いてるんですか?」
私は再度そう問いかける。すると……。
「……れ、……だれ? 私を呼び起こすのは、誰……?」
どこかからか年若い女の子の声がする。
「……だれ? 私を眠りから覚ますのは誰……?」
私の脳に直接働きかけるかのようにその声は聞こえる。
「しくしく、しくしく」
女の子の声は泣き声に変わっている。
「しくしく、しくしく。悲しい。悔しい」
私は夜泣き石を見つめていた。夜泣き石には何の変化もない。しかし、「しくしく」という泣き声は聞こえて来る。
まずい。どうやらこの石の中にある姫の意識を目覚めさせてしまったようだ。
私は踵を返し、石垣から降りる。
早くここから逃げ出したい。だが、急いでしまっては足が滑りそうだ。
私は慎重に足を運びながら少しずつ夜泣き石から距離を取る。
バラ園に戻って来た。でも何だか先ほどとは雰囲気が違う。
私が夜泣き石の所にいたのはほんの数分だ。その数分でその場所の雰囲気が変わるだなんて事があるだろうか?
バラ園にはまだちらほらと休んでいる人もいる。だが、彼らの視線が痛い。
「お前が姫の念を呼び覚ましたのか?」
どこかからかそんな声がした。
ち、違う。私は何も悪くない。
少し気持ちが憂鬱になったが、バラ園を抜けて芝生の広場に戻る。
ここにもまだ人がいる。よし、もう大丈夫だ。これなら変な声も聞こえないだろう。
と、その時だ。芝生の向こう側に着物姿の女の子が見えた気がした。
「うーん? 今は七五三の季節じゃないし、それよりは少し大きな女の子だったような?」
しかし、二度見するともうその女の子はいない。
「気のせいか? 見間違え?」
私は目をこする。
「あなたが私を呼び覚ましたのね?」
耳元でそう聞こえた。
私は驚いて周囲をきょろきょろと見回す。だが、誰もいない。
「誰だ? 誰が私に話しかけているの?」
私はそう口に出す。だが、やはり周囲には誰もいない。しかし……。
「許さない」
また、はっきりと耳元で聞こえた。今度は『許さない』と。
「私の安らかな眠りを邪魔したあなたを許さない」
姫だ。これは姫の亡霊だ。やはり私はあの場所で眠っていた姫を起こしてしまったのだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
私は小声でそう呟く。姫に許しを乞おうと必死になる。
「何でもします! 何でもするから許して下さい!」
周囲には相も変わず楽しそうに遊ぶ子供や日光浴を楽しむお年寄りの姿がある。今ここで冷や汗をかいて周囲をキョロキョロと見回しているのは自分だけだ。
「何でもするなら……石にいる私にきちんと謝って」
そう、聞こえて来た。
また夜泣き石の場所に行かなくてはいけないのか? 私は恐怖で足がすくんだ。しかし、姫は怒っている。怒っている姫をなだめるには言う事を聞くしかない。
私は再びバラ園に向かって歩き出した。
噴水の人形ですら私を責めているような気がする。
バラ園を歩く足がすくむ。しかし、そう広くもないバラ園だ。すぐに抜けてしまった。
石垣に近付くにつれ、鼓動が早まり呼吸も荒くなっていく。冷汗はどんどんと滲んでくる。
「姫……姫様……」
私はそう呟きながら石垣を上がる。そして夜泣き石に着いた。
「来たわね」
また耳元で姫の声がした。
「きちんと謝らないと許さないから」
私の心拍数は極限まで早まっている気がした。
「姫様。安らかに眠っている所を起こしてごめんなさい。どうか成仏して下さい。どうか、どうか……」
私は夜泣き石に向かって手を合わせてそう念じる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。どうか許して下さい。もう二度と面白半分であなたの眠りを邪魔しません」
私は姫の声を待つ。
だが、何も聞こえない。
聞こえないという事は、許してもらえたのだろうか?
その時、背後に何かの気配を感じた。
「誰!?」
慌てて背後を振り向く。だが、誰もいない。
私は恐怖を押し殺せなくなり、石垣を降りて足早に芝生の広場へと向かった。
それからは、姫の声は一切聞こえなくなった。きっと私の本心からの謝罪を受け入れてくれたのだろう。
私に振りかかったこの恐怖体験は、この公園にいる誰もが知る事の無い事実だ。だが、訪れる人たちは分かっていて夜泣き石に近付かないのだろうか? それとも、存在を知らないだけなのだろうか。
私は、一度は姫の魂を揺さぶって起こしてしまった人間だ。これからは、ここを訪れる度に姫のために手を合わせて祈ろうと思う。どうか、安らかに眠って下さいと……。
────了
夜泣き石の怪 無雲律人 @moonlit_fables
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