後日談

 あれから数年後。


 予定通り離婚が成立し、女優とその子どもはパリへ飛び立った。

 「パリの子育て日記」とか何とか、離婚のマイナスイメージもあまりなく、お洒落なイメージで売ってるようだ。

 別に、どうでもいいけど。

 いや、やっぱりどうでもよくない。


「あ、今のところもう一回。アン、ドゥ・・・ああ上手くなってるよ、いやさすが」


 榛名の予想は外れて、女優がどこかのフランス男と再婚する気配はなく、それどころか、榛名とは良好な関係を保っている。

 ・・・ビデオ通話で娘のショートムービーを見せてもらい、満更でもない様子。

 会わない約束だから直接話してはいないが、そのうち画面に向かって「~~ちゃん、パパでちゅよ~」などと手を振るんじゃないかと思うと、呆れて言葉も出ない。

 まあ、子どもが息子じゃなく娘だったから、何となくまだいいけど。

 息子だったらもう少し複雑な感じで腹が立っていただろう。


、そろそろお仕事ですが?」


 壁をコンコンと叩いて告げると、画面の向こうで女優が『ほら仕事だって』と話を切り上げた。僕は「いつものスタッフさん」と思われていて、そして養子の申請はまだしていない。

 ・・・結局元サヤになって血の繋がらない娘を育てるとか言い出したら、すぐに跡形もなく立ち去れるように。

 別に榛名のためじゃない。空白という砂を後ろ足で掛けて出て行ってやりたいだけ。「何かをしたけど失敗した」より「結局何もしなかった」方がダメなんですよねあなたの経営哲学では?


「いや、あのは言葉を覚えるのが早いよ。特に数字をよく認識してる」

「あなたの子じゃないしあなたの才能を受け継いだわけでもない」

「・・・」

 そっと抱いて、「手厳しい」などと耳元で笑う。

 それから、「わかりやすい嫉妬は嬉しい」とか言って、背中を撫でる。

 本来は得られないはずの子どもの成長を見て、情が移りつつ、しかし結局その思いはどこにも届かない。通話を切った後の榛名は、僕がいなければ溜め息くらいしか吐くものがない男だ。

 それなのに僕がいて、人の温もりと、いじましい嫉妬と、身体が得られる。

 それに対し、僕は何を得ているんだろう?

 等価交換が基本、というのが僕の経営哲学なのに。


「あんなかわいい娘を見た直後にこういうことできるなんて、どんな神経してるの?」

「あんまりモラルはないんだ」

「こっちもショートムービー撮って、見せてやれば」

「きみが編集する?じゃあ、ほら、撮りながらしよう。いい角度で持って」

「・・・変態」

「仕方がない。こんな風に誘われたら」

「誘ってない」

「あれはぼくの娘じゃないし、君の方がいい」

「あ、・・・んっ」


 ソファに押し倒されて、服を脱がされ、丁寧に舐められる。

 独占欲が満たされていき、勝利の歓びで勃ってしまう。

 

 ・・・やっぱり等価交換、成立かな。

 「いつものスタッフさん」である僕がこんな風に愛されて、悪い気はしない。




 そして、そういう満足の向こうに、何だかあったかい幸せを感じる瞬間がある。

 生きててよかったなあなんて思ってしまう。

 この人もそうなんだろうか?

 きっとそうだろう。 

 それで釣り合いが取れてるはずだから。

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セレブリティ/スキャンダル・ホリック あとみく @atomik

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