【KAC2024⑥】貝瀬学院大学学生食堂の7人のおばちゃん

宇部 松清

第1話

 読者の皆さんこんにちは。貝瀬学院大学学生食堂、早番パートの『山山コンビ』でお馴染みの山岡やまおか直見なおみよ。


 今日は旦那と一緒にホームセンターにお買い物に来ているの。


 ホームセンターって楽しいわよね。園芸用品に、日用品。それとキッチン用品や、ペット用品に寝具まであるじゃない? それにほら、なんて言ったかしら、DDTだっけ? あの自分で作るとかなんとかのやつ、それの道具なんかも置いてるのよね。色んなお店を回らなくてもここだけである程度揃っちゃうんですもの。あーもー、ウチの隣にあればいいのに!


 というわけで、あたしは一番大きい買い物カートを押しながら店内をうろついてるってわけ。ちなみに目的は我が家の天使、ボーダーコリーのバッテンちゃん(バッテンバーグケーキ、3歳♂)のフードとおやつ、それからペットシーツだ。だからペットコーナーだけで用は足りるんだけど、せっかく来たんだし、ゆっくり見て回りたいじゃない? それに実はここのお店はワンちゃんや猫ちゃんの他に鳥も販売されているの。さすがにウチにはバッテンちゃんがいるんだもの、まさか鳥なんて飼えないじゃない? だから、ここで目の保養をさせてもらってるってわけ。


 旦那は早々に離脱して、風除室にある休憩スペース(自販機とベンチが置いてある)に行っちゃったから、あたしは一人で悠々と店内をお散歩している。ぐるっと回ったら最後にペットコーナーに行って、目当てのものの調達と、最近の推しであるコザクラインコちゃんを見に行くのだ。旦那も見たいって言ってたので、その時になったら教えてとのこと。オッケーオッケー。せっかくだし、ちょっと色々見て回りましょ。


 ってことで用もないのに工具コーナーを歩いていた時のことだ。何だか聞き覚えのある声が棚の向こうから聞こえてきたの。おばちゃんってね、耳が良いのよ。都合の悪いことは聞こえないけど、こういうのは聞こえちゃう。これ、地獄耳っていうの。みんなも気をつけた方が良いわよ? おばちゃんって聞いてないようで聞いてるから。


 そう、それで、よ。


 聞こえてきたわけ、あの二人の声が。


 ――え? あの二人って誰? って?

 何よもう、わかるでしょ? あの二人よあの二人! 我らが貝瀬学院大学学生食堂のマドンナ、マチコちゃんと、そのお相手の白南風しらはえ君よ!


 工具コーナーに何の用があるのかしら。もしかしていよいよ二人で住むってなって、新しい家具とか買っちゃったりして、それで、それを組み立てるためのドライバーとかそういうのを探しに来たのかしら?


 なんて思ったけど、ドライバーはいまあたしがいる通路の棚にあるのよ。つまり、あの二人がいる隣の棚は、そういうこちゃこちゃとした工具売り場ではないのよね。あたし普段はあんまりこっちのコーナーに来ないから、隣の棚に何があるのかなんて全然わかんないんだけど。


 こっそり覗きに行こうかしら。


 でも、見つかったら気まずいわよね? マチコちゃん照れ屋さんだし。

 とりあえず、聞き耳を立てるだけで我慢ね、我慢。


「し、恭太さん、このコーナーで何か買うものあるんですか? 研究に使うとか、ですか?」

「いや、俺の研究には一切関係ない」


 ふむふむ。どうやら用があるのは白南風君なのね。


「むしろこれはマチコさんに必要だと思ってる」

「わ、私に?!」


 マチコちゃんに?!

 工具売り場で?!

 あっ、でも向こうの棚はもしかして工具売り場じゃないとか?

 そうよね、あたしが勝手に勘違いしてただけで、実は違うのかも!


「でもここ、溶接コーナーですよね?」


 違わなかった!

 工具ではないけど、溶接のコーナーじゃないの!

 えっ?! 溶接ってあれよね? あの、鉄を溶かしてくっつけるやつよね? 昔、工業高校の彼とお付き合いしてたから、ちょっとくらいはわかるのよ、あたしだって!


 ちょっと白南風君、マチコちゃんに何する気?!

 内容によってはあたしも黙ってないわよ?!


 そう思い、息をひそめて彼の反応を待つ。


「……最近ウチの――笠原ゼミに入った後輩がさ、言ってたんだよな」

「後輩さんが、何を?」

「『学食に若いお姉さんがいる』って」

「は、はぁ?」

「『母ちゃんみたいなおばちゃんしかいないと思ってたけど、若い人いる』って」


 アラ――――――!?

 何?!

 これってもしかして?!

 白南風君、やきもち?! やきもち焼いちゃった感じ!?

 マチコちゃんがモテ始めて焦っちゃったのね!?


 それはそれとして、だからって何で溶接コーナーに?


「それは……まぁ、皆さんに比べたら若いですけど。決してお姉さんと言えるような年齢では」

「しかも! 『よく見たら結構美人じゃね?』とか! 『指輪してなかったから独身』とか言ってたんだ!」

「えっ……と。あの、顔は、その、たぶんマスクをしてたから多少若く見えただけではないでしょうか」

 

 んもう、マチコちゃんったら謙遜してぇ。でも、その後輩君とやらも、よくもまぁ厨房の奥にいるマチコちゃんの可愛さに気付いたわね。それともあれかしら、こないだ安原さんがお休みしてカウンター業務を担当した日とか? 指輪がどうこう言ってたし、そうかも。

 

 ていうか、だったらそこはびしっと白南風君が言うべきなんじゃないの? その女性は俺の恋人だぞ! って。彼なら言いそうだけど。


「マスクをしててもマチコさんは可愛いよ。それで、一応その後輩には釘を刺したんだ。彼女は俺の婚約者だから、手を出すんじゃないぞって」

「そ、そんなこと言ったんですか」

「当たり前だろ」


 なぁによ、言ったんじゃない。


「だけどさ、今回はたまたまゼミの後輩だったから釘を刺せたけど、俺の知らないところで言われてるかもじゃん」

「それはまぁ……。でも、滅多にないことだと思いますよ?」

「いーや! ある! 世界がマチコさんの魅力に気付き始めてる!」

「まさか」


 いや、あるのよ。

 わかる、わかるわぁ。

 ていうかね、マチコちゃん、最近また可愛くなったのよ。やっぱりあれね、恋をすると変わるのよね。別にお化粧も変わってないし、ヘアスタイルも服装も何も変わってないけど、表情が明るくなったっていうのかしら。あっ、でも、こないだ鞄に可愛らしいキーホルダーをつけてたわね。珍しいと思ったのよ、マチコちゃんがそういうキャラグッズ? みたいなのつけるのって。


「というわけでこれ!」

「これ、ですか?」


 何?!

 これって何?!

 あーもー、気になるわぁ。どうして地獄耳のスキルはあるのに、千里眼はないのかしら。千里眼ってアレよね? 棚の向こうも透けて見えたりするのよね?! あっ、違うか。それは透視か。


 やっぱりこっそり棚の向こうを覗きに行こうかしら。


 そう思った時だった。


「これって、溶接面? ですよね。あの、いまの話とどうつながるんでしょうか」


 溶接面―――――!!!

 その名の通り、溶接作業時に発せられる強い光から目を保護するために使われるやつだ。


「これでマチコさんの顔面を保護する」


 いよいよトチ狂ったこと言って来たわね、このイケメンは。ねぇ、白南風君ってこんなキャラだった?


「保護? あの、油はねから守るってことですか? 私あまり焼き場の方には。それに、こんなのを持ってたら仕事になりません」

「大丈夫、こっちにかぶるタイプのやつもあるから、両手もちゃんと使えるし。それに油はねがどうこうじゃなくて、マチコさんの顔を隠したいんだよ」

「そんなことしなくても大丈夫ですよ」

「大丈夫じゃない。岩井にもあっさり目をつけられたし、俺は心配で仕方ないんだ! マチコさんは俺のなのに!」

「落ち着いてください、しら、恭太さん」

「落ち着いてなんていらんないって! なぁ、マチコさん、やっぱり籍入れちゃおうよ。指輪買いに行こ?」

「それについては先日話したばかりじゃないですか。し、恭太さんの仕事が落ち着いてから、って」


 式をどうするのかって話もまだなのに、と何やらもごもごしている。すごいわね、白南風君。もう完全に一人で突っ走ってるじゃない。あ、式には呼んでね、マチコちゃん。


「式ももちろん挙げるよ。国内でも、海外でも。神前式でもチャペルでも。マチコさん、着物もドレスも似合いそうだし。あっ、もういっそ両方着る? 俺、どっちも見たい!」

「落ち着いてください。そういう話はここでは」

「そうか。そうだよな。下手なこと言ってマチコさんの花嫁姿を想像する不埒な輩が現れたら大変だ」

「そんな人は現れませんから安心してください」

「いるって! ここに!」


 いや、お前か――――――――いっ!

 お前が不埒な輩なんか――――――――いっ!

 そんな堂々と言うことじゃないだろ、白南風!


 思わず突っ込みそうになるのをぐっとこらえる。


 と、その時だ。

 ポケットに入れていたスマホがヴヴヴと振動した。何よ、いま盛り上がってるのに、と見てみれば、旦那からのメッセージである。そこにはシンプルに一言。


『大変だ』


 と。


 何よ何よ。何が大変だっていうのよ。

 そう思いながら、メッセージを作成する。『どうしたの?』、と。返事は、すぐに来た。


『直見の一番好きなトリちゃん、いなくなってる!』

『店員さんに聞いたら、ほんの五分前に売れちゃったんだって!』


 ええええええええ!

 

 ちょ、嘘でしょ! トリちゃん(勝手に命名)!

 私の最推しだったのに、お別れの言葉も言えないなんて!

 でも、良かったわね、トリちゃん! 飼ってもらえて良かった! 


 でも、五分前ならもしかしたらまだレジに並んでるかもしれないわ!


 せめて一目だけでも!

 遠くから一目見るだけで良いの!

 せめてエールだけでも贈らせて!


 そう思ってあたしは急いだ。

 買い物カートをガラガラしながら、早足で店内を移動した。休日だからか、遠目に見えるレジは、長蛇の列が出来ている。もしかしたらまだ並んでるかも!


 けれど――、


「あ、山岡さん。いらっしゃいませ~」


 レジ付近にいた馴染みの店員さんに声をかけられる。ちょうど良いと思って、尋ねた。コザクラインコを買っていったお客さんを見なかった? と。彼女も私がこの店のコザクラインコを推していることを知っている。


「あぁ、山田さんの推しの『トリちゃん』ね。残念だったわね、ほんとついさっきなのよ。もうお帰りになったんじゃないかな? ほら、ペットのお会計はここじゃなくて、専用カウンターだから」


 そうだった!

 ペットは専用カウンターでお会計なのだ。


 がっくり肩を落としていると、通路の奥から旦那がひょっこり現れた。


「おお、いたいた。もー、店中探したんだぞ」

「ごめんごめん、さっき買われたなら一目だけでも見れないかな? って思って。一歩遅かったけど」

「まぁ仕方ないって。とりあえず買い物済ませちゃおうよ」

「とりあえず……」

「うん? どうした?」

「もしかしていまのって、親父ギャグだったりする?」

「何のこと?」

「『とりあえず』、って。『トリ、会えず』みたいな」


 だってあなたいっつもそういうの言ってるじゃない。


 ジト目で睨むが、どうやらそこは全く意識してなかったらしく、きょとんとした顔をしている。でも、


「いやー、無意識でも出ちゃうなんて、俺ってもしかしてお笑いの才能あるのかな?」

 

 がはは、と吞気に笑うビール腹に「くっだらな」と軽く一撃を喰らわせて、あたし達はペットコーナーへと向かった。

 

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【KAC2024⑥】貝瀬学院大学学生食堂の7人のおばちゃん 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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