第38話 連行されるマリン②
「そこまで頑なに、店の信頼を守り通したいとは、恐れいった」
マーシャルがテーブルの上の兜を両手に持って、カシャカシャと被り直したのを見て、マリンは内心安堵していた。何とかバレずに済んだと……。
「ところで、ここに貴女の甥っ子が来ているだろう」
立ち上がり様にマーシャルが尋ねた。
「ええ、アルバイトに来てくれてるわ。お客さん同士の揉め事も、積極的に解決してくれる子だから、とても重宝しているの」
マリンは、ゲイルが試験を蹴ったことを知らなかった。ゲイルとマーシャルの間に、どのような因縁ができたのかも知らなかった。
「その子がどうかしたの? 伝言なら、私が言付かりますわ」
「今どこにいるか、教えてくれるか」
地下ダンジョンにいる――しかしそれをマーシャルに教えるわけにはいかないマリンだった。
「それが、私も探しているんです」
小首をかしげて、困り顔のハの字眉毛で応対するマリンに、いよいよマーシャルの中の「根拠のない違和感」が肥大化してきた。
(何か隠しているな。この店で隠し事をするならば、二階のスタッフルームか?)
マリンの背景から伸びる階段には、スタッフオンリーと書かれた木の板が、ちょこんと置いてある。一般客なら、あの階段を上る事はしないだろう。スタッフならば、自由に行き来し、一階の不穏な物音にじっと耳をすませて、二階に隠れ潜むことだってできる。客や部外者に見られたら都合が悪いモノだって、二階に押し込めておける。
マーシャルはマリンに何の話もつけずに、部下に指示を出して二階にいるスタッフたちを全員外に出した。その際、一人一人の顔を覗き込んで、しっかり身元を確認した。
そして、不敵に口角を上げる。
「妙だとは思っていたんだ。皆から慕われていたあの男が、少人数の従者しか連れて行かなかったことを。もっと大勢がぞろぞろと、金魚のフンのように、あの過酷な他へ付いて行くのかと思っていた。伯爵家に仕えていた使用人たちの行方を、もっとしっかり管理しておけばよかったな」
マリッジ・アリアにいたスタッフは全員、当時伯爵に仕えていた人間ばかりだった。外に出される際、団長の横っ面を睨みつけながら、そしてマリンには案じるかのように視線を投げながら。
「ギィガァー!」
「ん?」
階段を転がり落ちるようにして、一匹のピンキードラゴンが一階に下りてきた。まるで親に捨てられそうになっているかのごとく涙目になって、連れていかれるスタッフの背中を追いかけてくる。そしてそのまま、一緒に外まで出てしまった。
「……あのピンキードラゴンの首に巻かれている革製のベルトには、見覚えがあるぞ」
「そう?」
「カイリ・エーゲルン伯爵が保護しているドラゴン達だな。伯爵と一緒に辺境地へ異動になったはずだが、なぜここに一匹いる」
「ゲイル君もテイマーよ。あの子は彼の友達なの」
椅子に座ったまま、平然とした顔で答えるマリン。二階からマーシャルの部下が下りてきて、これ以上スタッフはいないと告げた。
だが、まだマーシャルの中の「違和感」は消えない。今度は直接、自らも二階に上がって、スタッフルーム全体を眺めてみた。季節の催し物用の飾り付けが木箱の中に入っていて、今月の売り上げ目標などが貼られた木の板が壁にかかっていて、スタッフたちのロッカーが並んでいて、仮眠室と彫られた木札がかかった扉があって……一通り調べたマーシャルは、階段を下りてきた。
「他には何を隠している」
「初めから何も隠してないわ」
マーシャルは部下に指示して、一階のバックヤードも調べさせた。そこには誰の姿もなかった。
(これ以上、本当に何も隠していないのか? この店で他に、大きな秘密を隠していても違和感のない場所は……あるじゃないか! ダンジョンだ!)
マーシャルはようやく合点がいった。この国の貴重なダンジョンの管理を自ら引き受けて、その手入れと称して特殊な商売をマリンが始めた頃から、マーシャルはどうにも巨大な魚の骨が喉に引っかかったかのような、得体の知れない不気味さを感じていたのだ。
「ダンジョンだ、ダンジョンを調べに行くぞ! グリマスはきっとそこにいる!」
マリンの顔が、初めて曇った。
「なんですって? あのダンジョンは、私が国から預かっている大事な聖域なの。私の許可なく勝手に入らないでほしいわ。あなたが王様から罰せられてしまうわよ」
「ダンジョンの管理は、とても大変だ。あの場所はスカルアリアの縄張りだからな。あの露出狂によほど気に入られた者でもない限り、ダンジョンの管理は無理だ。国王ですら、その役割を担うことが叶わなかった。そうか、あなたはスカルアリアに取り入ったから、まだこの土地に居られたんだな。なぜあなただけ、ここに残って、奇妙な商売を続けているのか、ずっと疑問に思っていたんだ」
騎士団長マーシャルは、店の中から室内を見回した。そして、ちょうど外の「マリッジ・アリア」の看板が下がっているあたりに視線を定めた。
「この店の名前も、もっと怪しめばよかった。ずいぶん前から、あのスカルアリアと手を組んでいたな」
「なんのことかしら。お店の名前のアリアの部分に、深い意味はないわ」
「我らが同胞グリマスは、スカルアリアに目がない。彼女にダンジョンへとおびき寄せられたならば絶対に行くだろう」
立ったまま、マーシャルはテーブルに両手をついて圧をかけた。
「もう一度問う。グリマスはどこだ」
「何も知らないわ」
「連行しろ」
「私たちになんの疑いをかけてるの?」
「公務執行妨害だ。単純にして妥当な理由だろう? 怪しきは罰せよというのが、うちの団の教訓だ」
マリンはその指示に、素直に従った。誰かがその肩を掴まなくても、自ら席を立ち、団長の後をついて歩く。その顔に、おびえも驚きも存在しなかった。
まるで、こうなることを見越していたかのように、堂々としていた。
ダンジョン婚活有限会社『マリッジ・アリア』にて 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar
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