第37話   連行されるマリン①

 一方その頃、ガチャガチャと甲冑を鳴らして、町中を横断する男たちの姿があった。ゲイルたちに理不尽な実技試験を課した騎士団長『マーシャル・ベルガモット』と、その部下たち数名。彼らが目指しているのは、マリンが経営するマリッジ・アリアだった。


「ここか、グリマスが最後に目撃された場所というのは」


 巷で有名な婚活会社に、鎧姿の男たちが集団で集まっているのだから、正午の王都でちょっとした話題になってゆく。そして、そんなことを気にするマーシャルたちではなかった。


「あの男の息子まで、この店を出入りしているとの情報があった。いったい、何がどうなっている……」


 わけあって、今までマーシャルはこの店に近づかなかった。否、近づくどころか、その場所すら意図的に探さないようにしていた。今日初めて店の外装を見上げ、そのあまりにも可愛らしい様子に、さすがに眉根が寄った。


「なんだ、ここは……こんなに愛くるしい店に、本当にあの青年が出入りしているのか? 正気の沙汰とは思えん……」


 板チョコのようなデザインの扉から、あの青年がぬっと出てきたら、大概の人はびっくりするかもしれない。それはこの店にとって、多少の不利益をもたらすかもしれないが、マリンにもゲイルにも用事があるマーシャルにとっては、両方とも尋問できるこの店は、都合が良かった。


 ゴテゴテの籠手に覆われた右手で、ドアノブに手をかけた、その時、騎士団長マーシャルの部下が甲冑を鳴らして走ってきた。


「どうした」


「副団長グリマスの部下が、未だグリマスの行方を吐きません。どういたしますか?」


「またか。もうどうもせん、そのまま部屋に閉じ込めておけ」


「はっ」


 片手で敬礼し、颯爽と走っていく。甲冑のガチャガチャ音とともに。グリマスとその部下が問題を起こすのは毎度のことなので、上司の適当な指示でも、何をすべきかはある程度伝わるのだった。


 グリマスが戻ってくるまでの間、街のあちこちに散らばっている彼の部下を捕獲して、部屋に閉じ込めておくこと。彼らに事情を聞いても、マーシャルには理解に苦しむ内容ばかりだから、適当に報告書を書いて、「グリマス入れ」という引き出しの中に入れておく日々だった。


 今日もまた数枚の報告書が増える予定だ。マーシャルは甲冑越しに片手で頭を抱えた。


「グリマスなりに、国のために動いているのはわかっているんだが、あいつは物事の手順というものを踏まないからな、困ったものだ」


 騎士団長がグリマスを探しているのには、理由があった。グリマスは仕事熱心な性格であり、スカルアリアを追いかけ回す時間帯は、いつも朝方の短い休みと、昼休みだからだ。そして休憩時間が終わっても戻ってこない時は、たいがい何か大きな案件に巻き込まれている。


 グリマスでも片付かない仕事は、見て見ぬふりがしたくても、結局騎士団長のマーシャルに回ってくるのだから、もうマーシャル自身から探しているのだった。


(今回の件は、これまでにないほど厄介な事件が起きている気がする。ただの勘だが……)


 経験から割り出される、かすかな空気の違和感、機微。それらは誰かに説明できるほどの具体性を帯びず、ましてや高い地位の者が部下に押し付けて良いものではない。あくまで、経験豊富な玄人が「嫌な予感がする」だけに留めていた。


「失礼する」


 扉を開けて、マーシャルだけが店に入った。店内には、テーブルいっぱいに書類を積み重ねて、忙しなく筆を走らせるマリンがいた。彼女は、店に入ってきた無骨な男が放つ威圧感にも動じず、微笑んで接客し始めた。


「あら、いらっしゃいませ」


「ごきげんよう、ご令嬢」


 その呼び方に、マリンは顔に出さずとも嫌悪感を抱いた。兄はピンキードラゴンを大切に大切に保護していた、それだけだったのに……国王から謀反の疑いをかけられ、遠い遠い、過酷な大地へと飛ばされてしまい、その妹であるマリンは、爵位を剥奪されていた。令嬢と呼ばれることもなければ、貴族同士の婚姻に参加することもできない。幼少の頃から決まっていた婚約者とも、両者一度も顔を合わせないまま破局しており、何より、国王直々に睨まれているせいで、マリンは誰とも縁談を結べずにいた。


 そこに、この男マーシャルが来たのである。マリンは彼が苦手だった。


「久しぶりだな」


「そうですね。お元気にしていましたか?」


「ああ、もちろんさ。君も顔色が良さそうで何よりだ」


 マリンは、彼からの求婚を一度断っていた。それはまだエーゲルン伯爵家が安泰だった頃。当時のマリンには、まだ破局していなかった頃の婚約者がおり、他の殿方からの求婚は、断らざるを得なかった。


 それがマーシャルを大きく傷つけてしまい、以来、何かと、兄と自分に敵対的な態度を取るようになってしまった。こうして直接顔を合わせたのは、実に十年ぶりであったが、陰日向にマーシャルが手を回して嫌がらせをしていたことは、なんとなくマリンも気付いていた。


「ここは皆様の恋と、ご結婚までの縁結びを応援する会社、マリッジ・アリアですわ。何かご用かしら?」


 自分たちが来たのに席を立とうとしないマリンに、歓迎されていない空気を感じたマーシャルは、自ら椅子を引いて彼女の目の前に座った。丁寧に兜を脱いで、テーブルの右に置く。


 グリマスとあまり歳が変わらない、とても若い男性であった。


「ここにグリマスが来ただろう? どこに向かったか話してもらおう」


「ごめんなさいね、私は知らないわ」


「誤魔化さなくてよろしい。貴女とグリマスとその他有象無象が、外で話し込んでいた姿を通行人が目撃している」


 グリマスが大声で騒いだのは、この店の真ん前であった。よく目立つグリマスの奇行は、近隣住民に尋ねれば、よくよく記憶されるほどである。


「グリマスはいつもドでかい声を上げて、自らの行動を宣言する男だ。ある程度はどこに行ったか、見当がつくはずだ」


「なら、情報を提供してくれた人たちに、もっと詳しいお話を伺ったらどうかしら。傍から聞いていたのなら、行き先もお分かりになるはずだわ」


 マーシャルのこめかみに「違和感」がちりりと走った。国家のテイマー騎士団の長が、部下の行方を聞いているのである。それを、一般庶民と変わらぬ立場にまで落とされた彼女が隠したがる理由は、なんだろうか。公務執行妨害である。


「あくまでシラを切るおつもりか。グリマスはこの店の顧客じゃないだろう、貴女に守秘義務は生じないはずだ」


「なぜグリマスさんがお客ではないと断言なさるの? もしかしたら、お相手をお探し中なのかもしれないわ」


「あの男は、意中の女性のもとに直接出向いたり、白昼堂々と付きまとう。けっして褒められたものではないが、物事の手順をすっ飛ばすことに定評がある。婚活などといった仲介など不要の男だ」


「ごめんなさい、言えないわ。お願いされたらなんでも話すスタッフがいるだなんて噂が立ったら、ライバルの多い王都でお店をやるなんて、無理になってしまうの。私は店長として、この店を守りたいわ、たとえ貴方に嫌われてしまってもね」


 マリンがグリマスを「顧客」扱いして、何かを庇っている……何か決定打になる返答は引き出せないものかと、マーシャルは頭をひねった。


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