第36話 グリマスさん、寝てるべよ……
エリンが悲鳴をあげながらチューリップ頭の周りをうろうろ走り回る。横倒しになっているチューリップ頭は、微動だにしない。急激に大きくなった体に戸惑っているのか、それとも体が重いから動きたくないだけなのか。
エリンが細くて華奢な両腕で、ピンクのチューリップ頭をベシベシと叩く。
「ねえちょっと、クレアを返してよー! 驚かせたのは謝るから、ねえ返してってば!」
「エリンちゃんにとっては、あれは驚かせただけの内に入るべか? だいぶ花びら、散っちまったけど」
むしろ反撃されて当然の被害を、花たちに負わせていたように見えた。植物型モンスターにとって、葉っぱや根っこは手足と同じだ。
「エリンちゃん、危ねえからチューリップから離れるだ。エリンちゃんまで閉じ込められたら大変だべ」
チューリップをベシベシ叩き続けるエリンを、なんとかなだめて自分の側に引っ張り戻した。
「ゲイル、何とかして! クレアが」
「ヒナギシアは水と、土ん中の養分しか摂らねえ。獲物を消化液で溶かしたり、じつは肉食だったって報告は上がってねえ。蕾に隙間も空いてるから、息はできるはずだ。オラたちだけでも、地上に戻ろう」
「クレアを置いて行けないわ!」
エリンが涙目でグリマスに振り向いた。
「ねえグリマスさん! その立派な剣をつぼみの隙間につっこんで、めくったりできない!? ねえグリマスさん、グリマスさん?? え、寝てる!?」
グリマスが地面で仰向けになって、グーグー寝ている。
これにはエリンも、ゲイルと同じく顔が引きつっていた。
(なんだべや、この人は! 自由人すぎるべ。これから、こんなタイプのお客さんも先導せんといかんようになるんだべか……王都、怖いべ〜)
なんでこんな人が国の偉い立場にいるのだろうかと、ゲイルは甚だ疑問に思った。才能があって、勉強ができて、その二つが揃っていれば出世は容易かもしれないが、性格というか生き方というか、そこに大問題を抱えていると、こんなに三大欲求に忠実な化け物になってしまうのかと、腹の内からため息が出た。
こんな人になりたいかと誰かに問われたら、ゲイルは猛烈に首を横に振る。
(国家テイマーの基準値って、どうなってんだべか。この国、大丈夫なんかな)
爆睡しているグリマスを見て、国の行く末を憂うとは夢にも思わなかった。
エリンが頼みの綱とばかりに、スカルアリアに詰め寄った。
「ねえお姉さんは実技試験の試験官なんでしょ? 強いんでしょ? ねえお願い! クレアを助けてほしいの。彼女は私の大事な友達だし、それに国から保護を任されている大事なモンスターでもあるから、何かあったらパパが怒られちゃうわ。私、それは絶対に耐えられないの。お願い! 助けてくれたら、クレアを好きなだけモフモフさせてあげるから〜」
目に涙をいっぱい浮かべて、身を震わせてお願いするエリンの様子に、スカルアリアが少し驚いていた。この程度のこと、スカルアリアにとっては本当に些細な出来事なのだろう、そこにエリンのこの反応がきて「ええ……?」と心底戸惑ったような声を漏らしていた。
「この程度のことでか? ……仕方ないな、では皆の者、私の後ろに下がっていろ」
そう言って女性が、黒のヒールでスタスタと前に出た。
ゲイルたちの背後で地響きを鳴らしていたスカルドラゴンが、何を指示されるでもなく、骨をカタカタ鳴らしながら女性の傍らに控えた。そして、肉も筋肉もない喉の骨を打ち鳴らしながら、腹の底から響く獣の咆哮を放った。脅しでも威嚇でもなく、自らの存在を洞窟中にいるヒナギシアたちに知らしめるための、合図のように聞こえた。
吠えられたヒナギシアたちは、スカルドラゴンの鼻先へ向かって、ゆっくりと頭部の花をかしげ、そのままバタバタとその場に倒れてしまった。
ふさふさと茂っていた葉っぱも、脱力してヘニャリ。硬くなり閉じていたあのピンクの蕾も、ふにゃっと開いた。ゆるゆるにゆるまった触手に手足を絡めとられたクレアが、横たわった姿勢で花の中から姿を見せた。
エリンが何の迷いもなくクレアのそばに駆け寄る。息はしているかと、ダンジョンの地に両手をつけて、クレアの腹部に耳をつけた。
エリンの不安そうだった顔が、パッと華やぐ。
「クレア! ああよかった〜、生きてる!」
「ンナァ……?」
「おはよ!」
「ンナアォ」
レモン色の眼球を、大きなまぶたでしょぼしょぼと瞬きしながら、クレアがすごく眠たそうに返事をしている。
ひとまず、ゲイルも安堵した。貴重なモンスターであるクレアが、ここで絶命なんてしてしまったら……もう想像もしたくなかった。そして、一難去ってまた一難、マリンたちが大事に育てていた、婚活用のダンジョンモンスターが、地面にふにゃふにゃになって倒れたまま、びくとも動かない。
(……全滅したんかな? うーわ、マリンさんに、なんて言おう……)
愛情深く優しい彼女が、笑顔のまま固まって絶句する姿が、ゲイルの脳裏に浮かんだ。どんなふうに悲しみにふける人なのか、まだ知らないけれど、立場的に報告しなければならないゲイルは胃の辺りがしくしくしてきた。
……ともあれ、詳しく観察して報告しないと、結局またこのダンジョンに戻って様子を見なければならなくなる。それはゲイルもきつかった。だから、一回で済むようにと祈りながらヒナギシアたちに近づいた。
太い緑色の茎はゆったりと上下し、地面に倒れている花の頭も、派手に散っているわけではなかった。このような倒れ方には、ゲイルも覚えがあった。マニュアルに載っていたから。万が一、か弱いヒナギシアにボールが当たったら、パタッと倒れたふりを。そしてスタッフはお客さんに、それ以上ボールを投げないように言う。ゲイルも何度かスタッフと練習した。
そもそも素早いヒナギシアたちに、ボールが当たらないのだが。
「ハハハ、なんだ、うつ伏せで遊んでるだけかよ。そっかそっか、お前たちにとっては、今だって立派な遊び時間なんだな」
「すごいわ、ヒナギシアたちが自然体のままでスカルドラゴンに従ってる!」
「え? なんだって?」
エリンの独特な着眼点に、ゲイルの語尾も跳ね上がる。
エリンは、どうして伝わらないのかと少し焦った顔してヒナギシアたちを指差した。
「ほら、スカルドラゴンは緊張も何も与えていないのよ。その証拠に、みんなリラックスしてるでしょ? 身を隠す場所が何もない、こんな道の真ん中で、ゴロゴロ寝転がってるわ」
「……あー、言われてみれば、強そうなモンスターを目の前にしても、無防備に寝たふりしてるな」
お客さんからボールを投げられたら、やられたふりをする、確かにゲイルたちは、ここのモンスターをそのように躾けたけれど、見たこともない大型モンスターに吠えられたときまで寝たふりをせよとは調教していない。そもそも臆病なヒナギシアたちに、そのような芸当を仕込む事は不可能だ。ボールを当てられたら、逃げずにその場に倒れ伏すことを、覚えてくれただけでも奇跡なのに。
なんにせよ、今回のことがお花モンスターたちのトラウマになっていないのなら、従業員として安堵できるゲイルである。そして、従業員として先導しているお客様を、安全に撤退させる準備もできた。
人質にされていたクレアを奪還できた以上、いくらスカルアリアが駄々をこねようが、異常が多発しているダンジョンに客を長居させる理由はない。
ゲイルは、先ほどから大爆睡して一向に起きないグリマスを背負うと、先に進みたがるエリンとスカルアリアを説得して、何とか地上の会場一階に戻ることができたのだった……。
(あ〜疲れたべ。まとまりがない集団を一斉に動かすことって、こんなに疲れることなんだな。モンスターだったら、餌付けして徐々に懐かせていったら付いて来てくれるから、まだ扱いやすいべよ……)
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