第35話   VSヒナギシア!

 まさか、この奇妙な状況でも前に進みたいと言い出すのかと、ゲイルは正気を疑った。


「申し訳ねえです、スカルアリアさん。今日のところは、予期せぬ事態が発生しましたので撤退しましょう。参加者のグリマスさんも、こんな状況ですし、このままダンジョン攻略を続けるのは難しいだ」


 今のスカルアリアの目的は、グリマスの殺害ではなく単なる暇つぶしに戻ってしまったのかもしれない。緊急事態に陥った状況でも構わず暇を潰すと言うのならば、ゲイルはスタッフとして止めねばならなかった。


「予期せぬとは? 自然のエネルギーが染み入り集い、大地の奥で濃度を上げ、爆発的な奇跡と共に生み出された空洞が、人間どもの言うダンジョンだろう? 人間と出会う前のモンスターの餌は、元々はこの洞窟から得られる恵みのみだった。それら恵みを幼体の頃から一身に浴び続けて、太古の昔を再現できないモンスターの方が、おかしいだろう。前方で道を塞いでいる子供らは、頑丈で強くなっただけで、お前たちが知っているモンスターと何も変わらないはずだが?」


 どこが? とゲイルは目を剥いた。


「何もかも違えですよ! 太古の昔のモンスターの姿がどうなのかは、オラにはちっとわかりかねますけんど、ここは非日常を楽しむ程度の、ちょっとした施設なんです。今までだって、ずっとそうやって営業してきました。それが今日いきなりこんなことになったのが緊急事態なんであって、ダンジョンでモンスターが巨大化するのが当たり前とか、そういうのは今は関係ねえんです」


 長年、娯楽用に人の手で調整しているダンジョン内で、進行不可になるほどのドでかいモンスターが出現しただなんて報告、ゲイルは聞いていなかった。マニュアルでも見ていない。こんなに浅い階層に集っているだけでも、充分緊急事態である。


「ちょっと待って、洞窟の空気を子供の頃からずっと浴び続けてたら、ヒナギシアみたいな小さいモンスターでもこうなっちゃうってこと?」


「信じられねえべ、今日いきなり巨大化しただなんて。きっと何か悪いモンでも食ったんだべよ。食べると巨大化するキノコとか」


「そんな食べ物があるの?」


「い、いや、あの、適当に言っただけだべ……」


 ちょっと恥ずかしくなって目を逸らすゲイル。その間にも、スカルアリアはずっとゲイルの横顔を眺めていた。


「ゲイル、今後ともテイマーの端くれとして名乗りたくば、あのモノたち全てと打ち解けてみせよ」


「ええ〜……?」


 わけのわからない指示を、まともに聞くゲイルではない。スタッフとして責任を果たしたい一心である。


(剣を持ったグリマスさんでさえ、口の中いっぺえにサラダさ突っ込まれたのに、丸腰のオラが行って大丈夫なわけねえ。今なんて相棒のピンキードラゴンもいねえし、エリンちゃんにもクレアちゃんにもケガしてほしくねえ。こんなの、帰る一択だべ。スカルアリアさんからは根性なしだの言われるだろうが、今のオラは安全第一を優先する婚活会社のスタッフなんだからな)


「私、やってみる!」


 ダンジョン内に響いた威勢の良い声に、ゲイルはギョッとした。声の主は、言わずもがなエリンだった。ワクワクした顔になっている。


(やってみるじゃなくて、やってみたいだけだろ!? アンバーさんちから預かってる大事なお嬢さんなんだから、もしものことがあって怪我したら大変だべ!)


 否、今やただの良家のお嬢さんではない。この国一、将来を期待された若き天才テイマーである。こんなところで店の不祥事に巻き込んで負傷させては、マリンの店が潰れてしまう。


「エリンちゃん、それだけはやっちゃダメだ。店の誰も状況を把握できてねえのに、お客のエリンちゃんに対処させるわけにはいかねんだ。マリンさんが君のお父さんに怒られちまうよ。ここはおとなしく撤退してくれ!」


「あら、行くのは私じゃなくてクレアよ! 日ごろの特訓の成果を見せてあげるんだから!」


 綺麗な金の髪を揺らして、にっこり顔でガッツポーズしてみせるエリン。しかしクレアはクレアで貴重なモンスターなのだから、何かあったらマリンの店では責任が取れない。


「ふふん、お花畑を荒らしちゃうのは、ちょっと心が痛むけど、微動だにしないお花さん達が相手なら、クレアの爪で充分だわ」


 引っ掻くのだろうか? あの店で大事に預かっているヒナギシアなのに。


「エリンちゃん、やめつくんろ。確かにオラたちは困ってるけど、でっかくなっちまったヒナギシアたちを倒したいわけじゃないべよ。乱暴な方法での解決は――」


「さあクレア! 初出勤よー!」


 全然話を聞いていないエリンの、元気な指示にクレアがうなずき、花畑めがけて突っ走っていった。いったい何をするのかとゲイルが冷や冷やしていると、クレアは大きな花の茎から伸びる葉っぱの一枚をくわえて、ぐいぐいと後ろに引っ張っていく。


 そう言えば、とゲイルは思い出した……エリンはクレアとロープで引っ張り合いっこして特訓していると話していたことを。


 ヒナギシアたちを引き倒すつもりなのだろうか。さっきは爪がどうとか言っていたが……ふとゲイルは、クレアが地面に深く深く爪痕を残しながら後退していることに気がついた。


(ああ、クレアちゃんの爪や脚力が丈夫だから、引っ張り合いっこも強いってことか。てっきり噛んだり引っ掻いたりするのかと思ったべ)


 クレアに引っ張られて、一体のヒナギシアが徐々に斜めになってゆく。その隣りに座っていたピンクのチューリップ型のヒナギシアが、もぞりと身じろいだ。


 嫌な予感がしたゲイル、それを口に出すより早く、信じられない勢いでチューリップ頭が地面に倒れ、おしべのような触手を伸ばしてクレアを頭部の中へと引き込み、つぼみの形に閉じてしまった。


「……クレア? クレア!? いやあああ! クレアが閉じ込められちゃったー!」


 エリンの悲鳴がダンジョン内に響いた。


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