第34話 特大ヒナギシア
「おわあああ! でけえええ!!」
スタッフのゲイルが、驚愕の悲鳴を上げていた。
花型のモンスター、ヒナギシアが束になって、ダンジョンの道を塞いでいた。日常で見かける彼らは、軽く手を振ってやるだけでびっくりして逃げていくから、こんなふうに立ちふさがる事はゲイルの知る常識上ありえなかった。たまに罠を仕掛けて捕まえても、その命は儚く、すぐさま綺麗な小川などに放してやらないと枯れて絶命し、その身はすぐに腐ってしまうのだ。
弱くて繊細で、それでいて人々の心を慰める、可愛い愛玩モンスターである(飼育不可)。このダンジョン婚活に参加するお客が最初に遭遇する弱小モンスターであり、逃げ足が速いのでボールはまず当てられないが、これでモンスターに不慣れなお客さんにも免疫を付けてもらい、次に待ち受ける地下二階のモンスター相手にも、勇気を出してボールを投げることができるようになる……稀にならない人もいるのだが、そういう時はたいがい別のお客さんがフォローしてくれる。
そんな初心者向けの小さなモンスター、ヒナギシアが、どういうわけだか特大サイズどころの騒ぎではない成長の仕方をして、丸太サイズの茎を曲げて体操座りのような姿勢を取り、道を塞いでいる。ヒナギクそっくりの頭部が特徴的だが、稀に他の花に擬態している非常に珍しい種類があり、なんとピンクのチューリップ型の頭部のが手前側にいて、さらに壁に設置された火の灯る燭台に向かって、不思議そうに頭部を傾げている。
「すごいわ、こんなにすくすく育ってるのは初めて見るわ!! 可愛い~! かっこいい~! すごーい!」
驚愕するゲイルの横で、エリンが大はしゃぎしている。
「ねえねえゲイル、もっと近くで見たいわ、近寄ってもいいかしら。それとも、お店のモンスターだから勝手に触っちゃだめかしら」
「危ないからダメだべ。マニュアルに書いてあるサイズと、全然違うだ。この子たちはでっかく育ってくれても、せいぜい腰から下ぐらいだべ」
マリッジ・アリアで世話しているモンスターとは別のが、ここに侵入して座り込んでいるのだろうか。それとも、なんらかの原因により世話していたモンスターが、こんなことになっているのか。
エサの時間になるたびに、ダンジョンにいるヒナギシアに猛ダッシュで逃げられてきたゲイルには、この堂々と道を塞いでいる花型モンスターの正体が、もうどっちなのか判断できなかった。
(困ったなぁ、どうしたらええだべよ。スタッフのオラ一人じゃ対処できねえど。地上に戻って、職員さんさ報告しに行くか? そしたら、新種だって騒がれるだろうな。それか、異常事態だからって、やっつけられちまうかな。それはー、なんだかかわいそうだなぁ、ヒナギシア(?)達も、ただ座ってるだけなんだしな……)
あくまでお客さん同士の仲を盛り上げ、カップル成立を促すためだけの、可愛い舞台役者。そんな彼らに、本物の剣を引き抜いて啖呵を切ったのはグリマスだった。
「なんだなんだ、雑草風情が、大木のような身なりに化けおって! 我々の未来ある初陣に水を差すつもりか! そうはいかんぞ! この魔女を御するのは、栄えある王国のテイマー騎士団副団長グリマス唯一人! 突撃ー!!」
「あ、グリマスさん! 勝手に一人で行かねえでくだせえ! ってか、ボール! ダンジョン内のモンスターにはボールのみでお願いしやす! 剣はダメですだ!」
ゲイルの忠告も間に合わず、グリマスがたった一人で、密度の高い花畑の中へ突っ込んでいき……音沙汰が無くなった。
ぼう然としていたエリンが、ハッと我に帰ってゲイルを見上げた。
「大変! ヒナギシアって、小さくて可愛いけど体内に微量の毒を持ってるのよ。あんなに大きな姿になったら、その分たくさんの毒を持ってるんじゃないかしら。グリマスさんがその幹を斬りつけて、大量の毒を浴びてしまったら、婚活どころじゃないわ!」
「うわあ、ほんとだべよ! どえらいこっちゃ!」
エリンが気づいてくれなかったら、この状況が地下一階のお試しモンスターどころではない事態に陥っていると、はっきり自覚できなかったゲイルである。
「グリマスさんをゴールまで焚きつけちまった手前、この状況はオラにも責任があるべよ。ちょっくら行ってくっから、エリンちゃんは待っててくれりょ」
「大丈夫? 気をつけてね。いざとなったら、クレアと私で助けるわね」
「ははは、ありがとな」
本音では、戦士すら戻れぬ危ない場所に近づきたくなかったが、エリンとスカルアリアの目の前で窒息死されても後味が悪い。すぐに救出すれば間に合うかもしれない可能性が、ゲイルをしぶしぶ駆り立てていた。
(一番ええ装備しとる人が、一番足引っ張らんでくれよ……)
心の中でぶつくさグチりながらも、顔にも足取りにもおくびにも出さない社会人。目の前まで近くなってきた、ナゾ多きヒナギシアたち……自分の知っている知識の範囲外に行ってしまった生物には、どうしても恐怖心が沸いてしまう。
(大丈夫だ、大丈夫……ヒナギシアたちは、オラの母ちゃんのお墓に集まって、綺麗に飾ってくれてる、優しい子たちだ。グリマスさんみてえにでけえ声出さず、そっと近づけば、なんもされねえ……といいなぁ)
見上げるほど大きな、愛玩モンスターのヒナギシアたち。一斉に花の頭部が、ゲイルに向かって傾いてゆく。
「よ、よお、元気け? ちいっとばかし中さくぐらせてくれや」
ぎこちなく笑うゲイルをじーっと見下ろして、若干もぞもぞと隙間を開けてくれた。その際、茎の一部に青いリボンがくっついている子を見つけた。マリンはダンジョン内のモンスターたちに、いつもくるりと一回り巻いている。毎晩体を洗ってあげるたびに取ってあげて、毎朝おはようの挨拶とともに、新品を巻いてあげていた。
(ああ、うちで世話しとる子たちだ。だったら大丈夫だべ、マリッジ・アリアにいるモンスターは全部、マリンさんにすっげえ懐いとるでな)
ゲイルは花畑の中へと入っていった。そして、グリマスを背負って戻ってきた。二人とも全身葉っぱだらけになっている。グリマスは口の中にも葉っぱがぎゅうぎゅうに入っていて、思いっきり咳き込みながら吐き出した。
「ぐぬぬ、卑怯だぞ! 奥のほうに小さいのがいっぱいいたんだ!」
「その小さいのは、見逃してくれたんだべな」
若干グリマスを見直すゲイル。しかし、このままでは先に進むことができない。これはもう、入り口まで戻って地上にいる役員たちに相談し、調査に入ってもらうしかないぞと判断した。
「ゲイル、どうする? 本当は普通サイズのモンスターが出てくるはずだったんでしょ? 一度グリマスさんたちを連れてお店まで戻って、マリンさんに事情を説明して、後日また日を改めてダンジョンを調べてみる? このダンジョンはお店の看板だものね」
「そうしたほうがええな」
エリンも同じ意見で、しかもゲイルよりもてきぱきと仕切っている。グリマスもぐったりしていることだし、今日のところはダンジョン攻略を中止にする旨をスカルアリアにも伝えようとした、その時。
「なんだ、この程度でおたおたと。お前たち、試験をくぐり抜けた実力はどうしたんだ」
スカルアリアが黒髪を耳にかけながら、白けた顔でヒナギシアたちを指差してみせた。
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