第33話   スカル

 マリッジアリアのダンジョン婚活では、仕掛けは主に二人がかりで解き、道中現れる元気なモンスターには柔らかいボールを投げつけて撃退する、それを繰り返して非日常を味わい、一緒に様々なことを乗り越えて、波長が合うパートナーを見つけていく、というやり方をとっている。


 ゲイルはマリンや先輩スタッフから教わった通りに、まずはボールを手に入れるための仕掛けを解かなければならないことをグリマスたちに説明した。


 例えば、地面から不自然に盛り上がっている、踏んで作動させる大きな四角いスイッチ、二つ。二人で同時に踏まないと、そばに置いてある宝箱が開かなくて、中身のボールも手に入らない。


 グリマスがおとなしくスイッチを踏んでいる。もう片方にスカルアリアガ乗り、そばの宝箱の蓋がぱかりと開いた。


「なんだかグリマスさんが実技試験を受けてるみたいね」


 エリンがこっそりゲイルに耳打ちする。


「これでグリマスさんのかっこいいところとか、スカルアリアさんに評価されるといいわね」


「んだな。オラはとにかく、二人がダンジョンの奥まで平和に到着してくれたら、それでいいだよ。あの二人はお店から渡されたマニュアルに全然当てはまらねえタイプだからさ、問題起こされると対処できるか自信ねえだよ。他のスタッフさんにヘルプ出してえ」


 つい愚痴が出てしまうゲイルだった。


 四人とクレアの後ろを、かなり離れてズシンズシンとついくるのは、スカルドラゴンだった。背骨に生えている謎のとげとげの突起が、天井の土を削り取っていて、パラパラと上から土が降っている。


(うわあ、地味にダンジョンを壊してるだよ。今日が無事に終わったら、みんなでダンジョンの天井の補修に取り掛からねえと)


 スカルドラゴンが歩くたびに、ゲイルたちの残業が増えていく。


 クレアは相手から敵意を感じなければ、さほど興味がないらしく、いつもと変わらない感じで歩いている。この辺が人間や動物と、モンスターとの決定的な違いであった。天敵とも言える種族同士であっても、相手に敵がなかったら、ほとんどの個体も気にしない。だからといって、同じ生活範囲内で長期間飼育することはできない。敵意が芽生えた時が、集団生活の崩壊につながるからだ。


「おい」


 スカルアリアから仏頂面な顔で声がかかった。スタッフのゲイルに向けてだ。


「はい? どうかしましたか?」


「まーたグリマスがうるさくなってきたぞ。ペアを変えろ」


「え? 他にお客さんさいないし、困ったなぁ、どうしよ」


「何を悩んでいる? そこにいるじゃないか。お前と、やたら元気なテイマーの娘が」


「オラとエリンちゃんですけ?」


 グリマスはスカルアリアと仲を深めたいのであって、スタッフのゲイルや、見学しに来た未成年エリンには用事がない。


 しかし、いろんな仕掛けを解いてみたくてうずうずしていたエリンが片手をあげて返事をしてしまい、グリマスのペアが不本意にもエリンと交代になってしまった。


(大丈夫かなぁ、エリンちゃん。さすがにグリマスさんも、未成年のかわいい女の子の胸ぐらなんて掴まねえだろ。もしもそんなことしたら、もうスカルアリアさんにお願いして、ドラゴンに食ってもらおう)


 割と本気で、ゲイルは考えていた。副団長までのし上がった人だから、一般人に理不尽な暴力は振るわないと信じたいが、ゲイルはまだグリマスという人間を測りかねていた。


 若くて頭が柔らかいエリンは、グリマスとスカルアリアが詰まっていた問題をすぐさま解いて、壁に設置してあった黒い石の入った迷路を、さくさくとゴールさせた。


(おお、そんな解き方もあるのけ。俺はずっとこの迷路は一本道なのかと思ってたよ。いろんな道があったんだな)


 エリンがグリマスを引っ張って、ダンジョンを力強く進んでいくので、その様子にひとまず安堵したゲイルは、一方の機嫌の悪そうなスカルアリアと話してみることにした。


「すんません、質問があるんですけど」


「なんだ?」


「オラたちの後ろを歩いてるモンスターなんですが、えっと、骨? 骨だけで動いてるモンスターだべか?」


「うん? ちゃんと内臓も皮膚もあるじゃないか、ここに」


 そう言って彼女は、自分自身を指差して見せた。薄い革の防具をハンモックのようにして、大きな胸がどっしりと乗っている。


「ええ? 何言ってるんだべか。骨だけで動いとるモンスターの肉と内臓が、なしてお姉さんなんだべ?」


「なんでと言われてもな。私がこのスカルドラゴンのテイマーだからだ。スカルドラゴンが骨のみの姿の時は、私は自由に歩くことができるが、スカルドラゴンに肉が宿っているときは、私は骨となり、墓の下にいる」


「ん? 墓?」


「私たちは一心同体。私は私であるが、同時にアレでもある。アレは私でもあるが、同時にアレ自身でもある」


 ゲイルは「そうなんだべか……」と神妙な面持ちで返事した。そういえば以前に、グリマスが彼女を人間ではないと、そして悪だと確信しているようなことを言っていた。さらには何世紀にも昔に書かれた書物に、彼女の存在が描かれていたりと。


 ゲイルがスカルアリアに、百年間王都から離れているよう言ってみた時も、あっさり了承していた。


(まさか、そんな……グリマスさんが言ってたことが、本当だったとでも言うのか? こうして見ても、服装がやばいだけのお姉さんだよ)


 前方では、グリマスとエリンが二人で協力して、天井から伸びている紐を同時に引っ張って、ボールを二つ手に入れていた。


 今あるボールが十個になっている。そろそろモンスターが出てくる頃合いだと、ゲイルは辺りを見回した。


確かマリンのお店に駆け込んできたスタッフが言うには、モンスターたちが急にいなくなってしまったとのこと。どこへ行ってしまったのだろうか。スカルドラゴンに驚いて、隠れて出てこないかもしれない。


 でも、練習通りに出てくるかもしれない。スタッフ唯一のプロのテイマーであるゲイルが、率先して調教した。元気いっぱいだがしっかりと規則を守る、良い子達ばかりである。


 暗記している脳内のマニュアルをパラパラとめくってみる。


(えっとー、最初に登場するモンスターは、ヒナギシアっつーお花みたいなヤツか。人のお墓の周りにひっそり集まってきて、本物のお花畑みたいにしてくれる、可愛いモンスターなんだよなぁ。手の平サイズだし、いろんな色があって見た目にも楽しいし、カップルの雰囲気作りにもぴったりなんじゃねえか?)


 ゲイルにとって、ヒナギシアたちは母の墓地に登場する、そんなイメージだから、ゲイル自身はそれで誰かと良い雰囲気になることは、きっとないだろうと思われた。


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