epi.5 再会

 礼拝が終わり、教会員との交流の時を経て、礼拝堂の後片付けが終わったら、ネキアとの聖書の学びの時間を持つ。これが毎週のルーティンだ。その日も、一仕事を終えて休憩所ホワイエで待っているネキアを迎えに行った。


「ネキア──」


 続く言葉を発しようとして、止めた。


「あ、先生。すみません。もう学びの時間ですよね」

「ああ、その人は?」


 私は休憩所ホワイエのベンチ、ネキアの隣に座っている誰かを指差した。トレンチコートに深く帽子ハットを被り、顔は見えない。教会員ではない。かと言って、周辺地域でこのような身なりの人間を見たこともない。だが、それが誰だかを


「画家だそうです。各地の教会を題材に絵を描いているのだそうで、私も絵を見せてもらいました。他の教会で礼拝をした後にここに寄ったと」

「そうか、それは良かったね」

「色々なお話を聞けるのが面白くて、つい時間を忘れてしまいました」

「それは興味深い」


 私はじっとそのを見つめた。向こうの顔が見えないから、どんな反応をしているのかはわからない。


「ネキア、先に家に戻っていなさい」

「一緒に帰らないのですか?」

「せっかく来てくれた求道者の方と話もせずに帰すのもね。私もこの人と少し話をしてから帰るよ」

「わかりました!」


 ネキアは元気よく返事をして、と私に礼をしてからその場から出て行った。

 静かな休憩所ホワイエに私とだけが残される。


「いい子だな、ネキア」


 先に口を開けたのはの方だった。


「あんなに童心にかえった顔を見たのも久しぶりだよ。随分と面白い話をしてくれたんだね。しかし君が画家だって?」

「嘘はついてない。ここ数年、世界を放浪してた。その土地土地で絵を描いたよ。機械人画家の精密な風景画なんて、買い手はほとんどいなかったが」

「そうなのか」

「色々なとこに行った。管理局の目が届く場所からそうでないところまで。あの子もそんな俺のしょうもない旅の話をずいぶん楽し気に聞いてくれたよ。知ってるか。今でも貧民街ってのはやっぱり色んなとこに存在するんだ。管理局がどうにかしようと思っても、社会から取り零される人間はいなくならない。それに面白いことに、それは自然人だけじゃない。機械人もそうだ。行き場を見失い、死に場所を管理の外に求めた機械人ってのはお前が思っている以上に多いモンだぜ」


 帽子ハットを脱いた。


「久しぶりだな、スジャータ。君は変わらない」

「ネイハン、そういう君は随分と変わった」


 そこにいたのは、間違いなく私の知るネイハンの顔だった。だが、ところどころの塗装は剥げ、金属色メタリックカラーが露わになっている。身体ボディを覆い隠すトレンチコートも、お世辞にも綺麗な代物とは言い難い。


「管理局の目を盗んで生活してるんだ。多少の汚さは勘弁してほしいね。そこんところ、ネキアは何も気にしちゃいなかったが」

「あの子はそうだな。誰がどんな格好をしていようと気にしないさ」

「聞かないのか? 俺のこと?」

「予想はついてる。でも、それを私が知ったなら私は君のことを管理局に言わなければいけない」

「妙なところで義理の線引きするのも相変わらずだな」


 ネイハンは苦笑して、私の眼を見詰めた。機械人のくせしてこういう微妙な表情が上手いところは、こいつの変わらないところだな、と思う。


 私は何も言わず、ネイハンの隣に座った。そんな私にネイハンも何も言わない。

 暫く沈黙の時が流れ、今度は私から口火を切った。


「今日はどうしてここに?」


 ネイハンは牧場を出てから、何故か土木工事の仕事に就いた。ネイハンが選べる職種はいくらでもあったのに、だ。

 自然人の平均寿命が百年なのに対し、機械人の平均寿命は、六十年と言われている。人工知能の記録野メモリがどうしてもそれ以上の運用を許さず、自然人でいう認知症のような症状を起こす。その多くない時間を、折角牧場で得た知識と知恵の研鑽を活かさずにいるのか、と当時とても残念に思ったものだ。ネイハンは、そもそも土木作業なんて特に機械人向けの仕事だろう、と言ってはいたが、こいつの個性を最も活かせるのが本当にその道なのか、私の人工知能は明確な答えを出しちゃくれなかった。

 ネイハンは毎週、私が就くことになった教会に通ってくれた。私の親友ということで、教会の前任者で自然人の牧師であったスミス氏も良くしてくださったし、牧場での生活の後も私達の交流は続いた。

 だが私が牧師に、ネイハンが土木工事の仕事に就いてから約十年したある日、ネイハンが失踪した。急な失踪だった。機械人の行方が知れなくなることは珍しいが、絶対にないことじゃない。意図しないショートで回路がバグる可能性は防ぎきれないからだ。失踪したネイハンの姿は遂に見つけられなかった。


「私も君が本気でくたばったとは思ってなかったよ」

「光栄だ」

「手紙、くれたろ。差出人不明の絵葉書が、一度届いたことがあった。もしかしてあの葉書の絵を書いたのも君か?」

「ああ。だが郵便配達なんても、よくなくならないよな」

「物理的な文書の方が保管に優れているからな。アナログな物に現代でもデジタルは勝ち切れていない。機械人の平均寿命が自然人のものを超えないのと一緒だ」

「単刀直入に言うと、俺と一緒に来てほしかったんだ」


 話の流れをぶった切って、ネイハンが切り出した。


「そういうとこだぞ」

「悪いな。これが俺だ」

「私は……行けない」

「だろうな。ネキアもいる。はっ、いつの間に子ども持ちやがって。あの子とお前を切り離すのは、俺にもできねえよ」


 ネイハンはゆっくりと立ち上がり、紙のメモを私に差し出した。


「そこのアドレスに連絡送れば、俺に通じるようになってる。考え変わったら来てくれや」

「わかった」


 ネイハンは静かに休憩所ホワイエから出ていこうとして、一度足を止めた。


「止めねえのか」

「行方知れずになっていた旧友が訪ねてきただけのことだ。それに、神の家で話されたことは外に持ち出さない」

「俺は今でもあの時と似たようなことを考えることがあるんだ」

「あの時?」

「初めてフー先生の講義を受けた時に言ったことだ。俺達のが許されてんのは、牧場がそれを許してるからだ。その役割を、俺達は担ってんだと」

「言ってたな。それにフー先生は言った。考え方だと」

「そうだな。あれから俺は絶対にあん時みたいにことは言わねえと誓ったよ。たとえ俺がやってることが当局の知るところだとしても、俺は俺がやりたいからやってるんだ」

「ああ、承知してる」

「長々と邪魔したな。あの子と約束あるんだろ? 早く行ってやれや」


 そしてネイハンは今度こそ、私の前から姿を消した。

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