epi.2 現実
ネキアを引き取ってもう五年になる。
職業に就いた機械人には一年に一回ある定期未来検診で、子供を持つことを勧められたからだ。私のようなヨシツネ型の機械人に認められた子供を持つ方法は、機械人に搭載された人工知能にあらゆる職能を教える機械人牧場に行く前の機械人を個人として育てるか、実親から産まれて六年育てられた自然人の殆どが育つ総合教育機関──通称〈人間工場〉──から自然人の児童を引き取るかのどちらかだ。マサコ型の機械人の場合、自然人の受精卵を人工子宮に移植し出産する方法もあるが、私に人工子宮は搭載されていないし、
結局、私は人間工場から児童を引き取る道を選んだ。私はその子をネキアと名付け、いずれは教会の奉仕の多くを任せられるように育てるつもりだった。
自然人は人間工場で、機械人は機械人牧場で育てられ、社会に出ていくのが普通だ。現代では、世界人口のそれぞれ約六割がその道を辿るらしい。二割がネキアのように社会に出た大人に引き取られてその後を継ぐ。特に職人業や政治家、専門性の必要な職業に就く者は、本人の希望や素質を考慮された上で勧められた児童を引き取ることが多い。社会に適正のある職業を見出されない一割は牧場や工場に残されたままの人生を送る。残りの一割は単純に管理局の目の届かないところで生きる人々だ。その多くは自然人で、民族や宗教から管理局の統制する社会を生きることを望まない人々もいるし、管理局の外に逃げた犯罪者など、その細かい割合を把握することは難しい。
「これだけ社会が発達しても、そこに乗らない人々というのはいるものですね」
社会学の一貫として、そのような社会の現実について講義をした時、ネキアは心からの憐憫の表情を溢した。それを見て、この子は確かに神の慈愛を持ってして社会に生きるに相応しい子だと思ったものだ。
「今の社会も決して正解ではないということでしょうか」
「完全な正解の社会などあり得ないよ。私達は悠久の時を妥協案で生きている」
「自然人は機械人に比べて管理が難しいですし、一度管理の外に出てしまえば子供を産む可能性もあります。自然人を無理に生かし続けることもないのではないでしょうか」
「君自身が自然人なのに面白いことを言うね」
人間工場がなければ、自然人の人口は今よりも余程少なくなっているとする研究結果もある。つまり、今の社会は管理局がこのままでは死にゆく可能性のある自然人を保護し、絶滅しないようにしているのだ。
「それは何故だかもう学んだだろう」
「自然人が絶滅すれば、復活は難しい。それに、機械人には自然人程の多様性がない。機械人は環境の変化に弱く、自然人がいなければ滅びゆく可能性が高い」
「その通りだ。機械人はヨシツネ型、マサコ型、イエヤス型とそのハードウェアの
「自然人も機械人も、見た目にも考え方にも大きな違いはないように思います。ただ、その体や脳が機械や精密なコンピュータで作られているか、それとも子宮の中で生体として作られるかの違いでしかない。機械人だけの世界が成り立たなくなる可能性は、実際のところそう高くないのでは?」
「個人・個体を見ればそうだ。けれど、やはり種の傾向として、少なくとも現代において機械人の多様性は充分とは言えない」
管理局は、画一的な統率は長い目で見た時に必ず終わりが来るとの結論を出している。
管理局の局長も機械人と自然人が交互に任期を務めるのが慣わしだ。工場や牧場で社会に適正を認められないとされる者でも生かすのは、人道的意味合いもあるが、そこから当局が意図しない才能が開花することを見越してもいる。実際、そうしたところから名を残す芸術家や学者がうまれることも少なくない。
「そうは言っても、それでも管理下の多様性には違いないですよね。完全な自由とは違う」
「社会の枠組みはいつの時代もあった。それが今では管理局だと言うだけだ」
ネキアの言うことにも一理あるとは思う。私も牧場時代、そうした議論を親友とよくしていた。真に持続可能性のある社会と幸福のある社会、自由な社会は常にそれぞれ相反するものを持つ。そのバランスを、人類が決めることは不可能だ──。
「──先生?」
ネキアに呼びかけられてハッとした。どうやら私としたことが、少し
「ちゃんとメンテナンス受けてますか? 機械人には睡眠も食事も要らないからつい頑張り過ぎてしまうと聞きます。それでも確実に
「ありがとう。そうだね、しっかりと休憩はしないと。でも今のはそういうんじゃないから大丈夫」
ネキアと話していると、親友のことが頭に散らつくことが多い。機械人と自然人の違いこそあれ、この子はあいつによく似ている。
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