機械人スジャータ・スミスの思索
宮塚恵一
epi.1 天国
「牧師先生は自分が天国に行けるとお思いですか?」
二人での聖書の学びの時に、ネキアが不意にそう尋ねて来た。ネキアとしてはずっと聞きたいことではあったのかもしれないが、私としては福音書を読み解きながら神の恵みについて分かち合う時間だったので、少しだけ面は食らった。
「そうだね。私は神を信じている。それを神は見ていると思うよ」
「答えになっていません。牧師先生は神の国は誰にも開かれていると仰いますが先生自身はどうなのですか。私には、牧師先生はご自分がそういう立場だからそう言っているに過ぎないように感じるのです」
なるほど、目敏く賢い子だ。この子は昔からそうだ。目の前で聖書の話を説教する私自身のことを見ている礼拝者はそう多くない。
だが、きっとネキアの眼には、虚ろの私の心根が少し見えてしまっていたのだろう。人の感情の機微に、この子は敏感だ。
「それは私が機械人だからですか?」
「そういうわけではありませんが」
質問を返したら、ネキアの方が口黙ってしまった。確かに今のは少し意地悪な質問ではあったかもしれない。
人間社会は歴史を経る毎に変容して来たが、今ほどに混乱を極める時代も珍しいのではないか。
毎週、牧師として聖書の話をする度に、神が本当に存在するならば現代をどう感じるものかと思う。その答えを直接聞いてみたいというのは私の悲願の一つだ。機械人である私には信心という感情そのものが自然人よりは希薄ではあるが、やはり一信者としては気になるところだ。
そもそも機械人は天国に行けるのか。神の創りたもうた生命ではなく、自然人の生み出した存在には魂は存在せず、機械人に天国はないという議論もあり、今でも終わった論争ではない。
機械人において不幸なのは、機械人にとっての
かつて
だが、そこに機械人は含まれるのか? その答えを聖書だけに求めるのは難しい。
「機械人は天国へ行けないとする自然派は今や多くの教団からは異端とされています」
「それは知っています。そうではなく、スジャータ先生がどう考えているかを聞きたいのです」
「なるほど、そうか」
ネキア相手にのらりくらりとした態度や、教科書対応は通じない。観念した私は正直な自身の考えを語ることにした。
「答えはね、わからないとしか良いようがないと思う」
「それは欺瞞ではありませんか?」
「だが、聖書の時代に私達のような存在は想定されていない。でも、神はきっと信仰を持つ者を悪いようにはしない」
「先生にとっての信仰って何ですか? きっと私が素朴に思う信仰とは別物だと思うのです。神様が存在すること自体に先生は懐疑的なのではありませんか
「そうだね。それは否定しないよ」
私が牧師になったのは、機械人牧場で与えられた職業選択の中にその職業があり、それに興味を持ったからに過ぎない。
自然人であっても機械人であっても神への祈りの時間を持つことが生産性に寄与することは心理学研究でもは主流派であり、その祈りの時を既存の宗教システムを利用して行なっているのは、あくまでそれが合理的判断だと考えられているからだ。
既存のものを利用するのは、自然人よりもむしろ機械人の得意とするところである。
「神が存在することも、私が天国へ行けるかどうかも断言はできない。だけど、信仰にも祈りにも意味がある。だから私は礼拝堂に立つんだよ」
「なるほど。よくわかりました」
ネキアはにっこりと笑って、私の顔を見つめた。
「でもそんなこと、他の礼拝者にはあまり言えませんね」
「そうだね。そう思うよ。だからこの話はここでお終い。さて、ルカの福音書の通読に戻ろう」
「はーい」
返事をするネキアはやたらと嬉しそうだった。私はそんなネキアに対して、やれやれと首を横に振る他なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます