epi.3 恥辱

 あいつとはそう、悪友であり親友だった。


 機械人の身体ボディと搭載された人工知能は、牧場に納入された時点では大きな違いがない。しかし、そこから無作為ランダムに幾つかの教室クラスに分けられ、経験を異にしたり、牧場の用意した時間割カリキュラム外の自由時間に何をしたかによって機械人にも個性が出る。その個性を際立たせる為に身体ボディを弄ることも許されており、管理局が危険エラーと断じない限りであれば、牧場内では自由に趣味や娯楽、ファッションを楽しめる。その時点であまりに社会を逸脱し過ぎた機械人は更生施設に送られ、危険エラーを取り除かれるが、私達はそのスレスレを行く不良生徒として牧場内では有名だった。


 機械人には珍しいことだが、私達は悪戯が好きだった。

 人工知能記録野メモリにインプットされた知識を活かす為の実習訓練中に教室クラスに電子爆竹を仕掛けたり、自然人の講師が講義する時間に使用する電子機械コンピュータにウイルスを仕掛けて授業を妨害したり、他の機械人の反応が見たいという理由で色々な悪戯を仕掛けた。どの悪戯も直接的に危害を加えることはないとして、当局からは更生施設行きの切符は切られないでいたが、牧場内の他の機械人からは愉快犯のスジャータとネイハンとして距離を取られていた。


 そんな私達が一度も悪戯を仕掛けなかった自然人の講師がいた。現代社会倫理学のロドリゴ・フー教授だ。牧場で機械人に教えられるのは、各分野の基礎知識とその活かし方だ。機械人の個性によって得意不得意が分かれる為、機械人は牧場に納入されてから一年を過ごした後、定期検診によって各専門分野に分かれていく。フー教授の講義は最初の一年の中のほんの一つに過ぎなかったが、私とネイハンに大きな影響を及ぼした。今、私がネキアに教えている数々の思想も、フー教授とのやり取りの中で育まれたものだ。


「君たちはどうも、問題児らしいね」


 初めてフー教授の講義を受けたその日、講義が終わって私とネイハンとで講義の内容についておさらいをしていたら、フー教授からそう話しかけられた。

「どうやらそのようで」

 と、教授の言葉に答えたのはネイハンだった。


「俺達は他の真面目腐った奴らには嫌われているが、機械人の育成において、予測不能性カオスは大事なモノですよ、教授。だから牧場側も俺達を排除しない」

「排除という言い方は穏やかでないね」

「管理局は更生施設なんて言って正しさを装った気でいるが、牧場から与えられた個性を管理不可能だと断じることは、管理局が望む機械人の多様性ダイバーシティ保持とは相反するものです。私達は、縮こまった牧場の時間割カリキュラムに更なる発展を促しているに過ぎません」

「自分達が牧場に代わって他の機械人を教育していると言いたいのかね」

「そうだ。俺達にはそういう個性が育まれた。それは発揮されるべきものだと俺は考える」


「なるほどな。君達に何故か、そういう個性が付与されたのは事実だ。だが、その考え方はいただけないね」

「何?」


 フー教授は反論しようとするネイハンを手で制して、言葉を続けた。


「他の機械人にも──いや、自然人も同じだな──多いことだが、自分の行いを社会や他者の為だと思考する指向。これはヒトが社会性を持つ存在である以上仕方ないことではある。だが、ヒトの行動はどこまでも利己的だ」

「ドーキンスの遺伝子・模倣子論には大きな欠陥があります。それに遺伝子を持たない我々機械人に自然人の生存戦略を当て嵌めて騙るのはいただけない」

「そうじゃない。これはそんな話じゃない」


 ネイハンの代わりに反論を口にした私に、フー教授は微笑んだ。


「お前自身の行動を他の誰かのせいにするのは、単純にと、お前達は思わないのかね? と、僕はそう言いたいだけさ」


 

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