epi.4 妄想

 機械人の身体ボディを作る工場が爆発したという報道を見た時には、まさかと思った。私が自然人であれば冷や汗をかくところだろう。報道では、原因が未だ判別できずに捜査が続けられているとのことだったが、私の頭の中には、どうしてもネイハンの顔がチラついた。

 身体ボディ工場の爆破は歴史的事件だ。機械人の社会への供給が安定してからこのようなことは一度だってなかった。小さな犯罪こそあれ、戦争だってここ何十年も起きていない。そんな中で起こった不安を煽る一大事件に、機械人も自然人も関係なく何か暗いものが社会を覆い始めたように思った。


身体ボディ工場の爆破が噂通り人為的なものだったとして、目的は何でしょう」


 朝食の時間に報道を観ながら、ネキアは首を傾げた。ハムエッグを大きな口で頬張り、あまり噛まずに飲み込むネキアに私は「よく噛んで食べなさい」と叱る。


 噂話の発生源は基本的に自然人である。与えられた情報から合理的推測をすることを優先する機械人は自然人に比べて噂話が下手だ。だが、自然人はその非合理的判断から突拍子もないことを思いつく。それは不毛なものから、真実に肉薄するものまで様々だが、社会は未だそうした自然人の在り方を求めているからこそ偏見に塗れたインターネットの交流所も管理局は閉鎖せずに残している。


「機械人に対して恨みがある管理外自然人によるテロでしょうか。それとも他に何か?」

と考える機械人による合理的判断かもしれないよ」


 私は思わず、ふとネキアに自分が考えていた推測シナリオを口にしてしまっていた。


「そんなことが? あり得ますか?」

「機械人が増え続ける以上、自然人が社会に生きるのはより困難になる。だが、機械人がいなければ? 自然人は己の種の存続の為、子孫を産め殖やすようになっていく」


 それはかつて、ネイハンとも語ったことだ。現代は、合理的判断に長けた機械人によって社会の最大幸福を保つことが出来ている。だが、それは果たして真の幸福か。当然、功利主義的な考え方だけでは抜け落ちる幸福もある。それを管理局が考えていないわけではないが、あくまで管理局が社会を管理する枠内の中の幸福に、社会が規定されてしまうのは紛れもなく事実だ。


「そうだとするなら、あまりに目的が遠大すぎるのではありませんか?」

「ああ、そうだね。だから、今のはあくまで可能性の低い仮説の一つに過ぎない」


 これは嘘だ。私の合理的頭脳は、報道の裏にネイハンの存在を示唆している。ネイハンならばこの犯行をやる可能性が高いと、そう計算結果を叩き出している。


 ──けれど、これは牧場の中での悪戯とはわけが違うだろう。


 幸い、犠牲となったのはまだ牧場に送られる前の機動前機械人ホワイトだけで、自然人や機械人の犠牲者は確認されていないという。本当に、機械人の製造ラインのみが爆発したということのようだ。


「噂話を楽しむのも程々にするんだな、ネキア。それは自然人に許された楽しみの一つではあるが、あまりのめり込んでもいけないよ」

「わかってますよ。じゃあ、私は先に礼拝堂に向かいますから」


 ネキアは朝食を食べ終わると、自ら食器とゴミを片付けてから、礼拝堂へ向かった。まだ十三になったばかりだが、我が子ながら良い子に成長している。

 私も私自身の務めを果たそう。私は牧師だ。神の言葉について語り、説教するのが仕事である。工場の爆破や信頼性の薄い噂話にかまけている暇はない。

 私は聖書を片手に、ネキアを追って礼拝堂に向かった。


 

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