epi.7 消失

 二度目、三度目の身体ボディ工場爆破の報道がされた頃には、この爆発が事故などではなく人為的なものであると、噂話ではなく事実として皆が共有し始めた。

 犯行声明などは出ていない。ただ、世界各地にある機械人の身体ボディ工場が次々に破壊され、機械人の人手不足が本気で議論され始めた。

 今まで機械人に任せていた部分を、引退した自然人の協力を得るようにする政策が直ぐに通った。管理局の動きはいつも素早い。機械人と自然人の有識者、それに世界情勢を鑑みて未来予測をする未来予測人工知能による未来予測シミュレーションを文字通り秒で終わらせてからの政策実施。こればかりは現代社会の誇れる部分だろう。


 この歴史を揺るがす大事件の裏で、ネイハンが何を考えて何を目的として動いているのか。私には何もわからない。

 牧場での機械人個性育成も抑え、牧場を介さない、単純作業を行える機械人の直接現場投入なども時世を見つつ検討されているそうだ。多くの機械人からの反発もあり、こちらはあまり現実的な案ではないものの、私達が当然と思っていた社会の仕組みが、少しずつ変化し始めているのは事実だった。


 社会が激動しても、私自身の生活はそう変わらない。私は一牧師として毎週の礼拝を開き、地域ボランティアの協力など日々の仕事をしていく。ネキアの学びも続け、いずれ自分の寿命が来てもネキアの希望さえあれば後を任せられるようにすることも変わらない。


 そう思っていたある日の朝。いつものように朝食の時間にネキアを起こしに行ったら、自室にネキアの姿がなかった。こんな早朝に外に散歩なわけもない。私は紙の資料をファイリングしてしまっている箪笥の棚を開け、中を確認した。


「しまったな」


 個人資料としてファイリングしていた、ネイサンから貰った紙のメモがなくなっていた。ネキアが持ち出したのだろう。私は急いで自身の記憶野メモリから紙に書かれていた連絡先を検索し、直ぐに連絡を送った。連絡先はテキスト媒体を送信するメッセージ用アドレスだった。

 そちらに自分から連絡が行っていないか、だとするならそれはスジャータからのものではなく、私の養子のネキアがして送ったものだと、そういう旨の内容を送信する。


 返事が来るのは早かった。私がテキストメッセージを送って三十秒後には非通知の音声通話が繋がった。


「スジャータか」

 ネイハンの声だった。

「ネイハンか? ネキアは?」

「問題ない。俺と一緒にいる」

 私はホッと胸を撫で下ろした。良かった。このまま二度と会えなくなるかもしれない覚悟もしていたくらいだ。


「しかしお前としたことがしてやられたな」

「油断した。君と話した日以降、君のことを話題にしたことはなかったから、ネキアも忘れているものと思っていたのに」

「あの子、あの日以来お前が寂しそうにしてるって言ってたよ」

「そんなことは」


 ──ない、とは言い切れない。私自身、どこかでまたネイハンと一緒にやっていきたい気持ちがあったのは否定できないからだ。


「正直に言うと、俺はこの子を人質にお前を引き摺り込もうか迷った」


 ネイハンの告白に、私は返事をすることができなかった。私からの応えがないことも気にせず、ネイハンは言葉を続けた。


「お前から返事が来ないことは分かってた。それでも少しでも返事が来る推測シナリオがあるなら、と未練じみたことをしちまったんだな。だから、連絡が来た時は嬉しかったよ。蓋を開けてみりゃ、本人からの連絡じゃなかったわけだが」

「それは、ぬか喜びさせてしまったな」

「全くだ。行ってみたらお前が来ると思っていた集合場所にいたのはあの子一人。なるほど、お前の子だと思ったよ。それから思った。この子と一緒なら、お前も来てくれるかもしれないと」

「そんなことをすれば私は君のことを一生恨む」

「そうだな、その通りだ。それもそうだし、考え直した。それは絶対にとは違う」

「君のやりたいこと……」

「社会の為には仕方がないとか、必要なことだ、とかな。闇に身を窶す間に、どうやら俺はテメェの誓いすら見失うところだったらしい。それをネキアに教えられたよ」

「ネキアは、君に何か言ったか?」

「いいや。あの子はただ、私は先生に幸せになって欲しい、だとよ。どうもあの子、俺とあんたを恋仲かなんかだと勘違いしてたらしいな。行動は突飛な癖して肝心なところで抜けてんのもお前に似てる」

「ヒトのことを言えた口か?」

「ああ、本当至極、全くだ。あの子はやりたいことをやった。お前の為だと格好悪い言い訳なんてせずに」

「そうか」

「スジャータ、俺たちは機械だ。機械人だからどうのじゃない。この社会を成り立たせる歯車の一つ一つ。そして歴史を紡ぐ糸の一つ一つ。俺達自身に、俺達自身が思う成果なんてあげられるとは思っちゃいない。そんな、傲慢になる気はねえよ」


 ネイハンの言葉に私は特に何も返さない。ただ、彼の言葉を静かに聞いて相槌を打つのみだ。


「近場の公園で待たせてる。座標情報を送るよ。俺はお前の姿を確認したら消える。お前にやったアドレスももう使えないし、二度と俺から連絡することない。俺は、俺がやりたいことをやる。誰かの為じゃなく。俺の為に」

「願わくば、君の進むそれが正しいことであることを祈るよ」

「はっ、牧師みたいなことを言いやがる。それじゃな」

「ネイハン──」


 私が何か言葉を返そうとした時には、既に音声通話は切れていた。

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