epi.6 寿命

 ネイハンと別れた後、家に帰って待っていたネキアと聖書の学びの時間を取った。

 ネキアの様子が普段と違うことには気づいていた。いつもなら、読んだ聖句の所感を長々と語るネキアが、私の質問に対しても上の空で、応えたとしても「はい」とか「そうですね」などといった気のない返事だけだったからだ。


「先生があの人と一緒に行かないのは、私がいるからなんですか?」


 だから、ネキアが急にそんなことを訊いても私は驚かなかった。そもそも、流れを気にしない質問をしてくるのはこの子の常だ。


「聞いていたのかい」

「気になって、こっそり。先生とあの人、知らない仲じゃないみたいだったし」


 やはり目聡い子だ。私達の仲やネイハンが何をしているのかまではネキアも勘づいてはいないだろうが、あの時の会話で引っかかるところが、この子なりにあったのだろう。


「そういうわけじゃない。いや、絶対にないとは言わない。私には君を養子として育てる責任があるし、それも理由の一つだ。だけど、それだけじゃない。私は此処が好きだし、ネキアのことを含めてこの生活を手放す気はない。そういうことだ」


 ネイハンにはネイハンのやりたいことがある。私には私のやりたいことがある。それが重なる必要はないし、それぞれがそれぞれの道を行く。それだけの当たり前の話だ。


 その日はそこで学びの時間を終わりにした。このまま続けてもネキアの様子を見るとあまり頭に入っていかなさそうだったし、私自身もネイハンとの再会の余韻に浸る時間が必要だったことを否定しない。


 ネイハンも私も、自分達だからこそ出来ることを探し続けていた。その想いは、おそらく機械人の中でも人一倍である自負もある。

 元から普通の機械人とは違うところのある私達だったが、そのことにより自覚的になったのは、やはりフー教授が死んでからだ。

 フー教授の講義は、牧場で私達が過ごす一年間の中で全部で十五回行われる筈だったが、その半分にも満たない七回の講義で担当講師はフー教授から他の講師に引き継がれた。フー教授の働く大学内で、講義を受けていた機械人の一人に圧し潰されたのだと言う。その機械人は既に七十年は稼働している老齢で、死の前に大学で古い型である自分にはインプットされていない最新の学問を学ぶことを志したそうだ。それ自体は立派なことではあるが、機械人の寿命問題がここで仇となった。その機械人も定期検診はしっかり受けていたから、これは本当にただの事故だった。検診から漏れた古い回路がショートして突然暴走したその機械人は、檀上で講義をしていたフー教授の元に勢いよく倒れ込みそのまま二人とも死を迎えた。

 あの事故以来、たとえ対面の講義であっても講師と学生との間には必ず仕切りが置かれるようになったのは流石の迅速さだが、フー教授を失った事実は消えない。

 誰も悪くない。本当にただの事故だ。牧場の外の話だから、自分達にはどうしようもできなかった。だが、牧場から外に出た時、こうした事故を防ぐ為に出来ることを模索する道を選べるのは、フー教授の死を悼んだ私達の特権と思った。

 ネイハンが土木の道を進んだ時にがっかりしたのは確かだが、後から考えて、彼はインフラや設備を向上させることで社会をより良くすることを望んだのではないかと考え直した。

 だが、実際にネイハンが考えていたことはそれ以上に突拍子もなく、妄想じみたことだったらしい。

 失踪後、世界を巡りネイハンは何を見て、何を考えたのだろう。その答えだけでも突っ込んで聞いてみても良かったのかもしれないと、少しだけ後悔した。

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